スノーボードの竹内智香(たけうち ともか)選手が2026年ミラノ・コルティナ五輪の日本代表に内定しました。
いまやスノーボード界のレジェンド的存在ですが今回のオリンピックでも活躍が期待されています。
ということで、竹内智香選手は若い頃も美人で結婚や彼氏の噂はあるのか?実家の両親(父母)や兄弟姉妹、学歴や出身校(中学高校大学)についてご紹介します。
竹内智香のプロフィールと経歴を徹底解説
日本のスノーボード界に燦然と輝くレジェンド、竹内智香選手。2014年ソチオリンピックで銀メダルを獲得し、スノーボード競技では日本人女性初のオリンピックメダリストとなった輝かしい経歴の持ち主です。
1983年12月21日生まれで、2026年1月現在42歳。北海道旭川市出身の彼女は、身長165cm、体重62kg、血液型A型。所属は広島ガスで、スノーボードアルペン種目を専門としています。
竹内選手の凄いところは、なんといっても冬季オリンピック7大会連続出場という記録!2002年ソルトレイクシティから2026年ミラノ・コルティナまで、日本女子史上最多の五輪出場を誇ります。まさに「生きる伝説」と呼ぶにふさわしい選手ですね。
竹内選手がスノーボードを始めたのは10歳のとき。もともと2歳からスキーに親しんでいましたが、スノーボードが日本で流行り始めたころに出会いました。そして14歳のとき、1998年長野オリンピックを観戦して衝撃を受けます。「スノーボードでオリンピックに行こう!」と決意したこの瞬間が、彼女の人生を変えたんです。
輝かしいスノーボード経歴
竹内智香選手の競技経歴は、まさに挑戦と成長の連続でした。
2002年ソルトレイクシティオリンピックでは、高校在学中にして初出場を果たし、パラレル大回転で22位。その後、2006年トリノオリンピックでは9位まで順位を上げました。
しかし、竹内選手は「もっと高みを目指したい」と2007年にスイスへ拠点を移す大きな決断をします。最初は5カ国のチームに断られ続けましたが、諦めずにスイスのナショナルチームへの参加を実現。この経験が彼女を大きく変えました。
スイスの選手たちはみんな、薬剤師や技術者など手に職を持ちながら競技を続けていたんです。「明日スノーボードができなくなったらどうするの?」と聞かれた竹内選手は、何も答えられなかったそう。この経験から、スノーボードブランド「BLACKPEARL」を立ち上げ、セカンドキャリアも見据えたアスリート人生を歩み始めました。
そして迎えた2014年ソチオリンピック。女子パラレル大回転で見事銀メダルを獲得!スノーボード競技では日本人女性初のオリンピックメダリストとなり、アルペン種目では1956年・コルティナダンペッツォ大会以来58年ぶりの快挙でした。
2016年には大怪我を負いますが、不屈の精神で復活。2018年平昌オリンピックでは5位入賞、2022年北京オリンピックでは15位と、アラフォーになっても世界のトップレベルで戦い続けています。
2020年には卵子凍結を行ったことを公表し、大きな話題に。「北京オリンピックを目指すために競技を続けたいが、できるだけ若い卵子を残しておきたい」という決断は、多くの女性アスリートに勇気を与えました。
そして2026年、42歳にしてミラノ・コルティナ五輪代表に選出。この大会を最後に現役引退を表明しており、「27年のアスリート人生の集大成」として臨むことを発表しています。
竹内智香の若い頃は美人!結婚や彼氏・夫や子供の噂を調査
美人アスリートとしても知られる竹内智香選手。若い頃から目鼻立ちがくっきりしていて、「ハーフでは?」と勘違いされることもあるほどでした。実は生粋の日本人なんですよ。


結婚や彼氏・夫の情報は?
現在42歳の竹内選手ですが、結婚や彼氏、夫、子供に関する公式な情報は一切ありません。おそらく現在は独身と考えられます。
ネット上では「パートナーがスイス人という噂がある」という情報も見られますが、真相は不明です。竹内選手自身がプライベートをほとんど公開していないため、詳細は分かっていません。
ただ、竹内選手ほどの美人アスリートですから、彼氏やパートナーがいてもおかしくないですよね。スイスを拠点に長年活動していたので、海外に素敵な方がいる可能性も…?
卵子凍結の理由とは
2020年、竹内選手は卵子凍結を行ったことを公表しました。これは「北京オリンピックを目指すために競技を続けたいが、できるだけ若い卵子を残しておきたい」という理由からだそうです。
この決断について、竹内選手は「将来的に子供を持つ選択肢を残しておきたかった」とコメント。アスリートとして、女性として、両方の人生を考えた上での勇気ある選択でした。
2026年のミラノ・コルティナ五輪で現役引退を表明している竹内選手。引退後には、新しい人生のステージで家族を持つことも考えているのかもしれませんね。
竹内智香の実家と家族構成は?両親・父・母・兄弟について
竹内智香選手の実家は、北海道の旭岳温泉にある源泉掛け流しの温泉旅館「湧駒荘(ゆこまんそう)」。家族構成は、父、母、長男、次男、そして末っ子の智香選手の5人家族です。
父・竹内隆治さんは元乗馬選手
お父さんの竹内隆治さんは、若い頃に乗馬でオリンピック出場を目指していた方です。残念ながら出場は叶いませんでしたが、その夢を子供たちに託しました。

隆治さんはよく3人兄弟の子供たちに「一人は後継ぎ、一人は実業家、一人はオリンピック選手になってほしい」と言っていたそう。まさにこの言葉通り、長男は設計士、次男は旅館の後継ぎ兼料理長、そして智香さんがオリンピック選手に!
智香さんが10歳のときに「湧駒荘」の経営を始めた隆治さん。それまで餃子屋と焼肉屋を経営していたので、旅館経営は初めての挑戦でした。性格は「豪快でやんちゃ」で、智香さんの性格はお父さん譲りなんだとか。
経営哲学は「ギブアップしないこと。諦めたらその時で終わり」。この姿勢は、まさに智香さんのアスリート人生そのものですね。
母・裕子さんは前向きでタフ
お母さんの裕子さん(現在69歳前後)は、とても美しく、メンタルが非常にタフな方だそうです。智香さんの美貌はお母様譲りなのかもしれませんね。

裕子さんは「いつもお父さんを支えていて、父の良いところもダメなところも全部引っくるめて受け入れる」という器の大きな方。性格も前向きで、「商売がうまくいっていない時期も『大丈夫、どうにかなる!』と下を向かない」そうです。
竹内選手の神メンタルは、間違いなくお母様のDNAですね!
兄たちは設計士と旅館経営者
長男は設計士として活躍し、智香さんのスノーボードの設計にも携わっています。「湧駒荘」の内装デザインも手がけているそうで、まさに家族経営の要です。
次男の崇さんは、「湧駒荘」の料理長兼社長。高校卒業後に東京赤坂の料亭「津やま」で修業し、その後、石川県の超有名旅館「加賀屋」で経営を学んだ本格派です。

子供の頃、両親に「野良犬で自由だけど貧しい生活をするか、首輪が繋がった犬だけど毎日おいしいものを食べられるか」と聞かれたとき、智香さんは「野良犬がいい」と答え、次男は「繋がれてもおいしいものが食べたい」と答えたそう。まさに性格通りの人生を歩んでいますね。
両親は共働きで忙しく、竹内選手は友達の家で夕ご飯を食べてそのまま寝てしまうことも多かったとか。夜遅くに親が迎えに来て、朝起きたら自分のベッドにいるという生活。小さい頃から自立心を育んだ環境が、世界で戦える強さにつながったのでしょう。
竹内智香の学歴は?出身中学・高校・大学を紹介
竹内智香選手の学生時代は、スノーボードと共に歩んできた日々でした。
出身中学校
中学校は旭川市立東明中学校を卒業。中学生のときに1998年長野オリンピックを観戦し、「スノーボードでオリンピックに出場する!」と決意しました。この時の衝撃が、彼女の人生を決定づけたんです。
出身高校
中学卒業後、当時としては珍しかったスノーボード部がある北海道上川高等学校に進学しました。しかし、竹内選手を指導していた小島久幸コーチがクラーク記念国際高等学校に転勤したため、智香さんもコーチについていく形で転校を決意。
競技に打ち込むための環境を優先した結果、クラーク記念国際高校で青春時代を過ごしました。この高校在学中の2002年に、18歳でソルトレイクシティオリンピック初出場を果たします。高校生オリンピアンなんて、本当にすごいですよね!
大学には進学せず
竹内選手は高校卒業後、大学には進学せず、スノーボード競技に専念する道を選びました。2006年トリノオリンピック、2007年からはスイスを拠点に活動を開始。
スイスでの経験から「手に職を持つ」ことの大切さを学び、スノーボードブランド「BLACKPEARL」を立ち上げ、さらに次世代のアスリートを育成するプロジェクト「&tomoka」を始動。学歴以上に、実践的な経験とビジネススキルを身につけていったんですね。
「オリンピックに出たい」という夢から始まり、27年間アスリートとして走り続けてきた竹内智香選手。2026年ミラノ・コルティナ五輪がラストレースとなりますが、引退後も彼女の挑戦は続くはず。実家の「湧駒荘」を手伝いながら、新しい人生のステージを迎えるのかもしれませんね。
北海道旭川から世界へ。日本女子スノーボード界のレジェンドとして、竹内智香選手の有終の美に期待しましょう!
ということで、竹内智香(たけうちともか)選手は若い頃も美人で結婚や彼氏の噂はあるのか?実家の両親(父母)や兄弟姉妹、学歴や出身校(中学高校大学)についてご紹介しました。