高橋弘篤

高橋弘篤の両親(父母)兄弟・彼女や結婚は?出身校(中学高校大学)も

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スケルトン競技で日本のトップアスリートとして活躍する高橋弘篤(たかはしひろあつ)選手をご存知でしょうか?

氷上を時速140キロで頭から滑り降りるという、想像するだけでスリル満点の競技で、オリンピックに3度も出場した実力者です!

この記事では、高橋弘篤選手のプロフィールや経歴はもちろん、ご家族のこと、学歴、そして気になるプライベートな情報まで、たっぷりご紹介していきます。

スケルトンという競技を知らない方でも楽しめる内容になっていますので、ぜひ最後まで読んでみてくださいね。

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高橋弘篤のプロフィール・経歴

まずは、高橋弘篤選手の基本的なプロフィールから見ていきましょう。

高橋弘篤の基本プロフィール

高橋弘篤(たかはし ひろあつ)選手は、1984年4月13日生まれで、現在41歳です(2026年2月時点)。

宮城県黒川郡富谷町(現在の富谷市)出身で、身長は175センチ、体重は86キロという体格をしています。

スケルトン競技では体重が重いほうがソリのスピードが落ちにくいという特性があるため、高橋選手は筋肉量を増やすトレーニングを日々続けているんですよ。

その筋肉質な体つきは、まさにトップアスリートそのものです!

現在の所属は株式会社エフアシストで、アスリート社員として競技活動を続けています。

高橋弘篤のスケルトン競技での輝かしい経歴

高橋弘篤選手の競技経歴は、まさに日本スケルトン界の歴史そのものと言っても過言ではありません。

2007年6月には、越和宏選手、田山真輔選手とともにスケルトンクラブを設立し、日本のスケルトン競技発展に貢献してきました。

国内大会では、全日本スケルトン選手権大会で2010年から2012年まで3連覇を達成!

さらに2015年と2017年にも優勝し、通算5回の優勝を誇ります。

2017年には大会のトラックレコードを記録するという快挙も成し遂げているんです。

全日本プッシュスケルトン選手権(ソリを押して走るタイムのみを計測する大会)では、2009年から2010年に優勝し、2012年から2017年まで6連覇という圧倒的な強さを見せつけました。

国際大会でも活躍しており、2013年12月にアメリカ・パークシティで行われたワールドカップ第2戦では、初の一桁順位となる9位を記録。

2014年1月にはドイツのウィンターベルク大会で自己最高記録となる8位を獲得しました。

そして何と言っても注目すべきは、オリンピックでの活躍です。

2014年ソチオリンピックで12位2018年平昌オリンピックで22位、そして2026年ミラノ・コルティナオリンピックには41歳にして3度目の出場を果たしました!

ミラノ・コルティナオリンピックへの出場は、繰り上がりで出場枠を獲得したものですが、これは高橋選手のこれまでの実績と努力が認められた結果と言えるでしょう。

今季限りでの引退を表明しており、最後のオリンピックでメダル獲得を目指して日々トレーニングに励んでいます。

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高橋弘篤の両親・父・母・兄弟姉妹について

アスリートの活躍を支えるのは、やはり家族の存在ですよね。

高橋弘篤選手のご家族についても気になるところです。

高橋弘篤の家族構成

残念ながら、高橋弘篤選手のご両親や兄弟姉妹に関する詳しい情報は、プライバシー保護の観点から公開されていないようです。

ただし、高橋選手は地元・富谷市で育ち、現在も富谷市を活動拠点としていることから、地元愛が強く、家族との絆も深いことが伺えます。

2014年のソチオリンピック出場時には、富谷市や母校の富谷高校から応援メッセージが書かれた日の丸がお父様を通じて手渡されたというエピソードもあります。

このことからも、ご家族が高橋選手の活動を温かく見守り、応援している様子が伝わってきますね。

平昌オリンピックの際にも、富谷市をあげて応援する雰囲気があり、地元とご家族の支えがあってこその活躍だと言えるでしょう。

高橋選手自身も「育ててくれた地元、富谷市に何か少しでも恩返ししたい」と語っており、家族や地域への感謝の気持ちを常に持ち続けていることが分かります。

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高橋弘篤の彼女・結婚・妻・子供・噂について

トップアスリートとなると、プライベートなことも気になってしまいますよね(笑)。

高橋弘篤の恋愛事情や結婚について

高橋弘篤選手の彼女や結婚に関する情報は、現時点では公開されていません。

SNSやメディアでも、恋愛や結婚に関する話題はほとんど見当たらず、プライベートをしっかり守っている様子が伺えます。

41歳というご年齢を考えると、結婚されていても不思議ではありませんが、競技に集中するため、私生活については公にしない選択をされているのかもしれませんね。

スケルトン競技は冬季には海外遠征が多く、夏季もトレーニングに週5日を費やすというストイックなライフスタイルです。

そんな中で競技に打ち込む姿は、まさにプロフェッショナルそのもの。

妻や子供、彼女に関する噂も特に見つかっていないため、現在はスケルトン競技一筋で活動されていると考えられます。

今後、引退後に新たな情報が明かされる可能性もありますので、ファンとしては温かく見守りたいところですね。

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高橋弘篤の学歴・出身校(中学・高校・大学)

最後に、高橋弘篤選手の学歴についてご紹介します。

地元・富谷で育った高橋選手の学生時代はどのようなものだったのでしょうか。

高橋弘篤の出身校と学生時代

高橋弘篤選手は、富谷市立あけの平小学校を卒業後、富谷市立富谷第二中学校に進学しました。

中学校時代は、ドッジボールや野球などの団体競技を楽しんでいたそうです。

まだこの頃はスケルトンとは無縁の生活だったんですね。

その後、地元の宮城県立富谷高等学校に進学。

富谷高校でも運動に親しみながら学生生活を送りました。

そして高橋選手の人生を大きく変えることになったのが、大学進学です。

仙台大学体育学部に入学した高橋選手は、部活動紹介でスケルトンという競技に出会います。

「足が速くて、ちょっとマッチョだったら格好いいなぁ」という、なんとも親しみやすい動機でボブスレー部に入部し(笑)、その後スケルトンに転向したんだとか。

当初は「足の速い体育の先生になりたい」という夢を持っていた高橋選手。

スケルトン部には走りを速くするトレーニングがあることも魅力的だったそうです。

ちなみに、体育大学である仙台大学では、スケルトン部の中で高橋選手は足が遅い方だったというから驚きですよね。

しかし、ここで高橋選手の素晴らしいところが発揮されます。

それは「できる人に聞く」という姿勢です。

速く走りたいと思ったときは走りの速い先輩や同期に教えを請い、コースのライン読みを上手にしたいときは滑る技術がすごい選手に学ぶ。

この貪欲に学ぶ姿勢が、高橋選手を日本のトップスケルトン選手へと成長させたのです。

2007年3月に仙台大学を卒業後、本格的にスケルトン選手としての道を歩み始めました。

仙台大学はスケルトン選手を多数輩出しており、日本で唯一スケルトン部が存在する大学です。

高橋選手のように世界で戦うアスリートを育てる環境が整っているんですね。

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まとめ

ここまで、高橋弘篤選手のプロフィール、経歴、家族、学歴について詳しくご紹介してきました。

宮城県富谷市出身の高橋弘篤選手は、仙台大学でスケルトンと出会い、日本を代表する選手にまで成長しました。

41歳にして3度目のオリンピック出場という偉業を成し遂げ、今季限りでの引退を表明している高橋選手。

最後のオリンピックでの活躍が期待されます!

家族や恋愛に関する情報は非公開ですが、地元・富谷市への恩返しをしたいという気持ちを持ち続け、講演活動なども積極的に行っています。

全日本選手権での3連覇や6連覇、そしてオリンピックでの戦いの数々。

貪欲に学び続ける姿勢と、ストイックなトレーニングで結果を出し続けてきた高橋弘篤選手の今後の活躍から目が離せませんね!

引退後も、スケルトン競技の普及活動や後進の育成など、さまざまな形で日本のスポーツ界に貢献されることでしょう。

これからも高橋弘篤選手を応援していきましょう!

ということで、高橋弘篤(たかはしひろあつ)選手の両親(父母)や兄弟姉妹、彼女や結婚の噂、学歴や出身校(中学高校大学)についてご紹介します。

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