チェアスキーヤーの鈴木猛史(すずきたけし)選手が2026年のミラノ・コルティナパラリンピックに出場します。
ソチパラリンピックの金メダリストという経歴の持ち主で今回のパラリンピックでの活躍も注目されています。
ということで、鈴木猛史選手の結婚した妻や子供、両親(父母)や兄弟姉妹、学歴や出身校(中学高校大学)についてご紹介します。
鈴木猛史 パラリンピック|プロフィールと経歴
鈴木猛史(すずき たけし)選手は、1988年5月1日生まれの福島県猪苗代町出身のアルペンスキー選手です。チェアスキーヤーとして日本を代表するパラアスリートであり、ソチパラリンピックの金メダリストとして輝かしい実績を誇っています。
鈴木選手の人生を大きく変えた出来事は、小学2年生の春に起こりました。学校からの帰宅途中、友人たちとバスから降りた後、バスの前から飛び出してトラックに轢かれ、両大腿部を切断する交通事故に遭遇したのです。若干8歳での出来事は、本人だけでなく家族にとっても大きな衝撃だったことでしょう。
しかし、鈴木選手は諦めませんでした。幼少期から体を動かすことが大好きだった彼は、車いす生活になってからも水泳や車いすマラソンなど、次々とスポーツに挑戦していきます。そして小学3年生の時、学校のスキー教室に参加する際に、母親の勧めでチェアスキーに出会ったのです。この運命的な出会いが、後の世界チャンピオンを生み出すきっかけとなりました。
長野パラリンピックが夢の始まり
小学4年生の時、1998年の長野パラリンピックでアルペンスキーの志鷹昌浩さんと大日方邦子さんが金メダルを獲得したことで、鈴木少年は初めて「パラリンピック」を意識するようになります。さらに志鷹昌浩さんが猪苗代に講演で訪れた際、直接話す機会に恵まれました。当時、滑る恐怖心を抱えていた鈴木選手でしたが、志鷹さんからの檄によって恐怖心に打ち勝つことができたのです。
中学3年生の時には、アルペンスキー世界選手権に初出場し、3位入賞を果たします。中学生でこの実力、まさに天才ですよね!そして福島県立猪苗代高等学校在学中の2006年、高校3年生で初のパラリンピックとなるトリノパラリンピックに出場。滑降で4位入賞を果たしました。
大学時代から世界のトップへ
高校卒業後、駿河台大学文化情報学部に進学した鈴木選手ですが、親元を離れての寮生活では乱れた食生活と慢心により、大学1年時には体重が10kgも増加してしまいます。一時スランプに陥りますが、一念発起して食生活の改善とトレーニングに乗り出し、見事に調子を取り戻しました。
大学3年生の2010年、バンクーバーパラリンピックに出場し、男子座位大回転で銅メダルを獲得します。この功績により、大学所在地の埼玉県から彩の国功労賞を受賞しました。
2011年に駿河台大学を卒業後も、大学職員(学生支援部体育課)として働きながら現役を続行。2011-2012シーズンの障害者アルペンスキーワールドカップの男子座位で総合順位2位、翌2012-2013シーズンには総合順位1位と種目別総合順位1位に輝きます。
運命の3月13日、ソチで金メダル
そして迎えた2014年3月のソチパラリンピック。3月8日の男子滑降で銅メダルを獲得した鈴木選手は、3月13日の男子回転で見事に金メダルを獲得しました。この3月13日は、なんと17年前に鈴木選手が交通事故に遭った日でもあったのです。事故の悲劇を金メダルの喜びに変えたという、不思議な縁を感じさせる感動的な日となりました。この年の春の叙勲で紫綬褒章を受章しています。
2015年7月、駿河台大学を退職し、カヤバ工業(後のKYB株式会社)に入社。ヘッドスポンサーもKYBとなり、企業アスリートとして活躍を続けます。2018年の平昌パラリンピックでは、男子スーパー複合と大回転で4位入賞。2022年の北京パラリンピックでは5大会連続出場を果たし、2026年のミラノ・コルティナパラリンピックにも日本代表として内定しています。
回転種目のスペシャリストとして「ポールをアウトリガーで倒していく姿、踊っているような滑り」が持ち味の鈴木選手。まさにレジェンドですね!
鈴木猛史 パラリンピック|彼女や結婚・妻や子供の噂
鈴木猛史選手は、2016年6月に結婚しています。お相手は荒響子(あら きょうこ)さん、元NHK福島放送局のキャスターで、現在は仙台を拠点に活動するフリーアナウンサーです。
2人の出会いは、ソチパラリンピックで金メダルを獲得した後、鈴木選手が響子さんがパーソナリティーを務める福島のラジオ番組に出演したことがきっかけでした。同郷のパラリンピックスターとアナウンサーのビッグカップルの結婚は、地元福島のファンにとっても嬉しいニュースとなりました。響子さんはさすがアナウンサーというような美人で、夫のアスリート活動を支える素敵な妻です。
息子・愛士くんの誕生
そして2018年、鈴木選手と響子さんの間に息子の愛士(まなと)くんが誕生しました。平昌パラリンピックでは思うような結果が出せず、回転では転倒して途中棄権という悔しい思いをした鈴木選手でしたが、その2か月後に誕生した愛士くんの存在が、彼に新たなパワーを与えてくれました。
「かっこいい父の姿を息子に見せたい」という想いが、鈴木選手が競技を続ける大きなモチベーションとなっています。2021年12月には、練習を兼ねて家族で初めてのスキー旅行にも出かけたそうです。愛士くんも将来、お父さんのようにスキーを楽しむ日が来るかもしれませんね!

妻の響子さんは現在、フリーアナウンサーとして働きながら、愛士くんを育て、パラアスリートの夫をサポートしています。家族3人の温かい絆が、鈴木選手の活躍を支えているのです。結婚・出産を経て、さらに人間的に成長した鈴木選手の姿は、多くの人に感動を与えていますね。
鈴木猛史 パラリンピック|両親・父・母・兄弟・姉妹について
鈴木猛史選手の両親や兄弟姉妹についての詳しい情報は、公式には公開されていません。しかし、小学2年生の時に交通事故で両大腿部を切断するという大きな困難に直面した鈴木少年を、ご家族がどれほど支えてきたかは想像に難くありません。
特に母親の存在は大きかったようです。小学3年生の時、学校のスキー教室に参加する際、母親がチェアスキーを見つけてきて勧めてくれたことが、鈴木選手の競技人生の始まりでした。もしあの時、母親がチェアスキーという選択肢を見つけてこなければ、今の金メダリスト鈴木猛史は存在しなかったかもしれません。母の愛情と先見の明が、息子の才能を開花させたのですね。
福島県猪苗代町という地元からトリノ、バンクーバー、ソチ、平昌、北京、そしてミラノ・コルティナと、6大会にわたるパラリンピック出場を果たしている鈴木選手。その背景には、家族の深い愛情とサポートがあったことは間違いありません。
ソチパラリンピックで金メダルを獲得した後、地元の猪苗代高校で講演会を開催するなど、故郷への恩返しも忘れない鈴木選手。きっとご家族も、息子の活躍を誇りに思って応援し続けていることでしょう。
鈴木猛史 パラリンピック|学歴・出身校(中学・高校・大学)
鈴木猛史選手の学歴について、中学校の具体的な校名は公開されていませんが、福島県猪苗代町の地元の中学校に通っていたと考えられます。中学3年生の時にはすでにアルペンスキー世界選手権に初出場し、3位入賞を果たすなど、早くから世界で活躍する才能を見せていました。
高校:福島県立猪苗代高等学校
高校は福島県立猪苗代高等学校に進学しました。猪苗代高校は、地元の公立高校でありながら、鈴木選手のような優秀なパラアスリートを輩出している学校です。
高校3年生の2006年には、初めてのパラリンピックとなるトリノパラリンピックに出場し、滑降で4位入賞という好成績を残しました。高校生でパラリンピック出場というのは、本当に凄い実力ですよね!
ソチパラリンピックで金メダルを獲得した後、鈴木選手は母校の猪苗代高校で講演会を開催し、後輩たちに夢を持つことの大切さを伝えました。まさに地元の誇り、故郷のヒーローです。
大学:駿河台大学文化情報学部
高校卒業後は、駿河台大学文化情報学部に進学しました。大学では寮生活を送り、親元を離れての生活がスタート。しかし大学1年生の時には、不摂生な生活のせいで体重が10kgも増加してしまい、一時スランプに陥ってしまいます。やはり親元を離れると、つい羽目を外してしまうのは誰にでもあることですよね(笑)。
それでも一念発起して食生活を改善し、トレーニングに励んだ鈴木選手は、大学3年生の時にバンクーバーパラリンピックで銅メダルを獲得します。大学生でパラリンピックのメダリストというのは、本当に素晴らしいですね!
大学卒業後も母校に在籍
2011年に駿河台大学を卒業した後も、鈴木選手は大学職員(学生支援部体育課)として母校に残り、現役選手として競技を続けました。職員として働きながら、ソチパラリンピックで金メダルを獲得するという偉業を成し遂げたのです。
2015年7月に駿河台大学を退職し、KYB株式会社に入社するまでの約4年間、母校で働きながら世界のトップアスリートとして活躍し続けました。駿河台大学にとっても、鈴木選手は誇りある卒業生ですね。
現在も「学歴:大卒」と公式に記録されており、学業とスポーツの両立を見事に成し遂げた鈴木選手の姿は、多くの学生アスリートの手本となっています。
まとめ
鈴木猛史選手は、小学2年生で遭遇した交通事故という大きな困難を乗り越え、母親の勧めで出会ったチェアスキーで世界の頂点に立ちました。2014年ソチパラリンピックの金メダリストとして、日本のパラアルペンスキー界を牽引する存在です。
妻の響子さんと息子の愛士くん、そして家族の支えを受けながら、6大会連続となるパラリンピック挑戦を続けています。「かっこいい父の姿を見せたい」という想いを胸に、2026年のミラノ・コルティナパラリンピックでも再びメダル獲得を目指します。
福島県猪苗代町から世界へ、地元の公立高校・猪苗代高校から駿河台大学へと進み、学業と競技の両立を果たしながら世界チャンピオンとなった鈴木選手の物語は、多くの人々に勇気と感動を与え続けています。
回転種目のスペシャリストとして「踊るような滑り」を見せる鈴木猛史選手。これからもその挑戦から目が離せません。
ということで、鈴木猛史(すずきたけし)選手の結婚した妻や子供、両親(父母)や兄弟姉妹、学歴や出身校(中学高校大学)についてご紹介しました。