鈴木誠也

鈴木誠也と嫁畠山愛理の馴れ初めや子供は?両親(父母)や兄弟姉妹も

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シカゴ・カブスの鈴木誠也(すずきせいや)選手が2026 ワールド・ベースボール・クラシック(2026 World Baseball Classic)に出場します。

広島東洋カープで「和製トラウト」とも呼ばれた天才打者であり、WBCでの活躍も注目されています。

ということで、鈴木誠也選手と結婚した嫁(妻)の畠山愛理(はたけやまあいり)さんの馴れ初めや子供は?両親(父母)や兄弟姉妹、学歴や出身校(中学高校大学)についてご紹介します。

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鈴木誠也のプロフィール・経歴まとめ

東京の下町・荒川区から世界最高峰のメジャーリーグへ羽ばたいた鈴木誠也(すずき せいや)選手。広島東洋カープで「和製トラウト」とも呼ばれた天才打者が、今やシカゴ・カブスでその実力を存分に発揮しています。2025年シーズンには日本人右打者初の快挙も達成するなど、まさに止まることを知らない成長を続けている選手です。そんな鈴木誠也選手のプロフィールや経歴を、まるっと詳しくお伝えしていきます!

基本プロフィール

まずは基本情報をチェックしてみましょう。

名前   :鈴木誠也(すずき せいや)
生年月日 :1994年8月18日(31歳)
出身地  :東京都荒川区町屋
身長・体重:181cm・98kg(NPB時)
血液型  :A型
投打   :右投右打
ポジション:外野手・指名打者
所属   :シカゴ・カブス(MLB)
ドラフト :2012年ドラフト2位(広島東洋カープ)

生まれ育ったのは東京・荒川区の下町「町屋」。あの名作野球漫画『巨人の星』で星一徹・飛雄馬親子が暮らした舞台でもあります。後ほど詳しくご紹介しますが、実際に「リアル巨人の星」と呼ばれる親子関係が町屋にあったというのですから、縁というのは不思議なものですよね。

プロ入りから広島時代の経歴

2012年のドラフト会議で広島東洋カープから2位指名を受け、二松学舎大学附属高校を卒業してプロの世界へ飛び込みました。入団当初は内野手としての期待を受けましたが、外野手に転向してからその才能が一気に開花します。

2016年には打率.335でリーグ2位を記録し初の規定打席到達。そこから先は怒涛の快進撃が続きます。NPB史上わずか3人目となる6年連続打率3割・25本塁打以上を達成し、2019年・2021年には首位打者のタイトルも獲得。「カープの4番」として球界を代表する打者へと成長しました。

2021年シーズン終了後、ポスティングシステムを利用してMLB挑戦を表明。当時日本人野手史上最高額となる5年総額8500万ドル(約127億円)という大型契約でシカゴ・カブスと契約し、2022年からメジャーリーガーとしての新たなキャリアをスタートさせました。

MLB(シカゴ・カブス)での活躍

メジャーでも鈴木誠也選手の勝負強さは健在でした。2024年シーズンには打率.283・21本塁打・73打点をマーク。日本人選手として松井秀喜・大谷翔平に次ぐ2年連続20本塁打は、右打者では史上初という偉大な記録です。

さらに2025年シーズンは32本塁打・103打点を記録し、日本人右打者として初めて「30本塁打・100打点」の大台を同時達成するという快挙を成し遂げました。東京の下町育ちの少年が、世界最高峰の舞台でここまで輝いているのですから、野球ファンとして胸が熱くなりますよね。

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鈴木誠也の結婚相手・嫁・妻は畠山愛理!馴れ初めから子供まで

鈴木誠也選手のプライベートで最も注目されるのが、元新体操日本代表・畠山愛理さんとの結婚です。トップアスリート同士の出会い、そして「嵐がもたらした偶然」という運命的な馴れ初めは、まるで映画のワンシーンのようです。

嫁・畠山愛理のプロフィール

鈴木誠也選手の妻・畠山愛理(はたけやま あいり)さんは1994年8月16日生まれ。鈴木誠也選手の生年月日は1994年8月18日なので、なんとわずか2日違いの同い年という運命的な縁の持ち主です。

愛理さんは元新体操選手としてロンドン五輪(2012年)・リオデジャネイロ五輪(2016年)の2大会に連続出場した元オリンピアン。19歳という若さでフェアリージャパンの主将を務めたという経歴の持ち主で、2015年世界新体操選手権では団体リボン種目で40年ぶりの銅メダルを獲得するなど輝かしい実績を誇ります。競技引退後はスポーツキャスターとしても活躍中の、まさに才色兼備な女性です。

馴れ初め・結婚の経緯

2人の出会いは2018年頃。共通の知人を介して出会いましたが、そのきっかけは「嵐(台風)」だったと鈴木誠也選手自身がブログで明かしています。台風が2人を引き合わせたという、なんとも劇的な馴れ初めですよね。

初めて畠山愛理さんを見た瞬間、鈴木誠也選手は「ビビッ?ピピッ?びびっと?ドキッと? どうでもいいわ笑笑」と自身のブログで照れながら表現しており、一目惚れだったことは明らかです。その後、「どうしても試合を見てもらいたくなり、すぐ招待した」と自らアプローチしたことを告白しています。野球でも恋愛でも積極的な攻撃型——まさに鈴木誠也らしい動き方ですね。

2019年8月17日に婚姻届を提出し、同年12月3日にはハワイで挙式を挙げました。結婚の公表は12月7日で、鈴木誠也選手は「まだまだ子供のような大人の2人ですが、互いの夢・目標に向かい毎日笑顔で仲良く楽しい家庭を築く所存です」と喜びのコメントを残しています。

子供について

結婚後、鈴木誠也選手と畠山愛理さんには現在2人の男の子がいます。長男は2022年9月に誕生し、次男は2024年6月に誕生しました。2人とも元気な男の子で、畠山愛理さんはSNSで息子たちとの日常をたびたび公開しており、多くのファンの心を温めています。

鈴木誠也選手は次男誕生の際、カブスが設けている「父親リスト(育児休暇制度)」を活用して一時帰国したことが話題となりました。現役メジャーリーガーが育休を取得するという姿は、アスリートと家族の新しいあり方として多くの注目を集めました。

グラウンドでは誰よりも勝負にこだわる一方、家庭では2人の息子のパパとして奮闘中の鈴木誠也選手。妻・愛理さんは「夫から『頑張り過ぎないで。笑っていてほしいんだ』と言葉をもらった」と語っており、2人の関係性の深さが伝わってきます。打席での豪快なスイングとは対照的な、温かな家族の姿がそこにあります。

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鈴木誠也の家族構成|父・母・妹を紹介

鈴木誠也 家族
鈴木誠也選手、父・鈴木宗人さん、母・鈴木貴美江さん、妹・鈴木彩絵さん

鈴木誠也選手の今日があるのは、荒川区の下町で温かく、そして時に厳しく育ててくれた家族の存在があってこそです。「リアル巨人の星」とも評されるほどの濃厚な親子関係には、思わず笑ってしまうエピソードが盛りだくさんです。

父・鈴木宗人(リアル巨人の星!)

鈴木誠也選手の父・鈴木宗人(むねと)さんは、東京都荒川区町屋で喫茶店「マチヤ(MACHIYA)」を長年経営していた人物です(現在は閉店)。この喫茶店は祖父が昭和32年に開業し、宗人さんが17歳から厨房に立って継いだという歴史ある一軒でした。

宗人さんの息子への野球指導は、それはもう情熱的の一言につきます。喫茶店横の食品庫を練習場に改造し、橋の下にネットを設置して何百球ものトスバッティング練習を課すという徹底ぶり。さらに「都電町屋駅から喫茶店までの約200mを都電と競争させる」というユニークな特訓まで行っていたそうです。「勉強するなら走ってこい!」「おまえは野球で食べていくんだ!」という言葉が飛ぶ毎日。野球漫画の主人公のような光景ですよね。

鈴木誠也 父親

その姿が「リアル巨人の星の星一徹」にそっくりと話題になり、地域のテレビ番組でも父子の特訓風景が紹介されたほど。ただし、厳しさの裏には愛情もたっぷりで、練習後に「生姜焼きが食べたい!」とお店に飛び込んでくる誠也選手を満面の笑みで迎えていたそうです。そのギャップがなんとも微笑ましいですよね。

母・鈴木貴美江

鈴木誠也選手の母・鈴木貴美江(きみえ)さんは、夫・宗人さんのスパルタ指導を支え続けた心優しい女性です。幼少期の誠也選手については「本当に手がかかる子でした」と笑いながら語っており、お菓子を買いに行くたびに床で手足をばたばたさせて駄々をこねていたというエピソードも残っています。

父親の厳しい指導に耐えられたのも、母・貴美江さんの温かい愛情があったからこそと言えるでしょう。後に鈴木誠也選手がプロ野球選手として活躍したとき、母を泣かせてしまったエピソードも語られており、親子の絆の深さが伝わってきます。

妹・鈴木彩絵

鈴木誠也選手には4歳年下の妹・鈴木彩絵(さえ)さんがいます。兄弟は兄・誠也と妹・彩絵の2人きょうだいです。彩絵さんは一般人のため詳細な情報は公開されていませんが、家族揃って試合観戦する際に映し出された姿は「笑顔がすてきな明るい方」という印象を残しています。

実は兄妹の仲はとても良好で、母親の誕生日には兄妹で相談してハンドバッグをプレゼントしたというほっこりするエピソードが知られています。あの怖いもの知らずの豪快なスラッガーが、妹と一緒に「何を贈ろうか」と頭を悩ませる姿を想像すると、なんだかほっこりしてしまいますね。

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鈴木誠也の学歴・出身校まとめ

「セイヤはどんな学校を歩んできたの?」と気になっている方も多いはず。大学には進学せず高校卒業でプロ入りしたその経歴は、まさに「野球一筋」という言葉が似合います。小学校から高校まで、その足跡を追ってみましょう。

小学校・中学校時代

出身小学校:荒川区立第五峡田小学校

小学2年生のとき、父・宗人さんとともに「荒川リトル」に入団し、野球人生がスタートしました。父親と二人三脚で毎日猛特訓を重ね、地域の大人たちから早くもその才能が注目されていたといいます。

出身中学校:荒川区立第九中学校

中学時代は地元の強豪クラブ「荒川シニア」に所属し、投手として活躍。その実力は群を抜いており、「荒川に鈴木誠也あり」という噂が立つほどでした。中学生にして地域の有名人となっていたのですから、スケールが違いますよね。

なんと約40校もの高校からスカウトが届いていたという逸話も残っています。しかし、ここで意外な事実が。野球の実力は抜群だったものの、学業成績があまり振るわず、最後まで2桁の背番号を付けていたというエピソードも有名です。他チームの指導者たちが「なぜあれほどの才能の持ち主が2桁番号なのか」と首をかしげていたほど。野球以外にはちょっぴりおおらかだったのかもしれません(笑)。

高校時代(二松学舎大学附属高校)

出身高校:二松学舎大学附属高校(東京都千代田区)

数十校ものスカウトを断って進学先に選んだのが、二松学舎大学附属高校でした。実はこの選択の背景に、父・宗人さんと市原勝人監督が中学時代からの旧友だったという縁があります。幼少期に同校のグラウンドを訪れた鈴木誠也選手に「高校になったらウチに来いよ」と声をかけた市原監督の言葉を、誠也選手はずっと忘れずにいたのです。義理と人情を大切にする下町育ちらしいエピソードですね。

高校でも鈴木誠也選手の才能は遺憾なく発揮されました。高校通算43本塁打を記録し、最速148km/hの速球を投げるエースピッチャーとしても活躍。代打で登場した際に監督から「ホームランを打ってこい」と指示されると、その通りに推定140m弾を放ったというエピソードは今なお語り継がれています。プロでも平均110〜120m程度と言われるなか、高校生で140mはまさに規格外です。

残念ながら甲子園への出場は叶いませんでしたが、2012年のドラフトで広島東洋カープから2位指名を受け、大学進学を選ばずそのままプロの世界に飛び込む決断をします。下町育ちの野球少年が、いよいよ夢の舞台へと踏み出した瞬間でした。

WBCでの活躍も期待しましょう。

ということで、鈴木誠也選手と結婚した嫁(妻)の畠山愛理(はたけやまあいり)さんの馴れ初めや子供は?両親(父母)や兄弟姉妹、学歴や出身校(中学高校大学)についてご紹介しました。

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