フリースタイルスキー・スキークロスの須貝龍(すがいりょう)選手が2026年ミラノ・コルティナ五輪の日本代表に内定しました。
2022年北京オリンピックに続いての出場となりメダル獲得に期待がかかります。
ということで、須貝龍選手の結婚した妻や子供、両親(父母)や兄弟姉妹、学歴や出身校(中学高校大学)についてご紹介します。
須貝龍のプロフィールと異色の経歴
フリースタイルスキー・スキークロスで日本のエースとして活躍する須貝龍選手。その経歴は、まさに「異色」という言葉がぴったりです!
須貝龍(すがい りょう)選手は1991年12月11日生まれで、2026年2月現在34歳。新潟県胎内市(旧中条町)出身で、身長177cm。現在はチームクレブ(クレブ)に所属しています。
アルペンスキーから転向した異色のスキークロス選手
実は須貝選手、もともとはアルペンスキーの選手だったんです。しかも日本ランキング1位のトッププレイヤーとして活躍していました。
幼少時からスキーを始め、中学・高校時代にアルペンスキーの才能を開花させました。特に高校1年生の時には新潟県予選で優勝し、インターハイにも出場。アルペンスキーで5種目中3種目で日本チャンピオンになるという輝かしい実績を持っていたのです。
ところが、2018年平昌オリンピックのアルペンスキー日本代表入りを逃してしまいます。この挫折が、彼の人生を大きく変えることになりました。
2019年にスキークロスへ電撃転向
平昌五輪代表入りを逃した須貝選手は、2019年にスキークロスへと転向しました。「さらなる挑戦を求めて」という彼の言葉からは、諦めない強い意志が感じられますね。
スキークロスとは、4~6人が同時にスタートし、ジャンプやバンクなどが設置されたコースで順位を競う競技です。アルペンスキーとは全く異なる技術が求められる種目への転向は、大きな賭けでした。
しかし、この決断が実を結びます。突然の競技転向からわずか3年で、2022年北京オリンピック出場を果たしたのです!2010年バンクーバー五輪でスキークロスが採用されて以降、日本勢で初めてのオリンピック出場という快挙でした。
世界選手権で銅メダル獲得
北京五輪では惜しくもメダルには届きませんでしたが、須貝選手の挑戦は続きます。2019年には全日本選手権で優勝、2021年にはワールドカップ・ロシア大会で2位に入るなど、着実に実力をつけてきました。
そして2025年、世界選手権で銅メダルを獲得!スキークロスに転向してからわずか数年での快挙に、世界中が驚きました。
ただし、2025年12月の転倒で脱臼と骨折という大怪我を負ってしまいました。しかし2026年1月には「ミラノ五輪出場を誓う」と力強く宣言。現在、回復に向けて全力で取り組んでいます。
新潟で生まれ、スキーとともに生きてきた須貝選手。アルペンスキーで日本一となり、さらなる高みを目指してスキークロスの世界へ。その挑戦する姿勢が、多くの人々に勇気を与えています。
須貝龍の結婚と妻・子供について|ダウン症の長男を育てる家族
実は須貝選手、プライベートでも素敵な家庭を築いているんです。しかも妻も元アスリートという、まさにアスリート夫婦!
妻は元アルペンスキー日本代表の須貝未里さん
須貝選手は2019年1月12日に結婚しました。お相手は元アルペンスキー日本代表の須貝未里(すがい みさと)さんです。
未里さんは旧姓を金子未里といい、秋田県大仙市出身。立命館大学時代にアルペンスキー選手として活躍し、全日本スキー選手権にも出場した実力者です。同じスキー界のトップアスリート同士の結婚として、大きな話題になりました。
面白いのは、結婚記念日が「スキーの日」である1月12日ということ!まさにスキーに人生を捧げた二人らしい記念日ですよね。2025年1月には結婚6周年を迎え、SNSで家族写真を公開しています。
2人の息子を持つパパに
須貝夫妻には現在、2人の息子がいます。
・長男:レンくん(2020年生まれ)
・次男:コハクくん(2022年生まれ)
2人とも可愛らしい名前ですね。家族4人で幸せな生活を送っています。
長男レンくんはダウン症|隠さず前向きに
実は長男のレンくんは、ダウン症があります。そして次男のコハクくんは先天性心疾患を持って生まれてきました。
多くの人がこうした状況を「隠したい」と思うかもしれません。しかし、妻の未里さんは「子どもの障害は隠さない」という考えを持っています。SNSでも堂々と息子たちの様子を公開し、同じような境遇の家族を勇気づけているのです。
未里さんは2022年のインタビューで、「お兄ちゃんがダウン症の子は将来、結婚できるだろうか。学校でいじめられるのでは……。錬に対してもすごく失礼なことを考えたりもしました。たくさん悩んだけれど」と正直な気持ちを語っています。
しかし、「多様な子どもたちの成長を見守りたい」という前向きな姿勢で、2人の息子を愛情いっぱいに育てています。
須貝選手も家族を大切にしながら、競技に打ち込んでいます。アスリート夫婦だからこそ、お互いの挑戦を理解し支え合える。素敵な家族ですね。
須貝龍の家族構成|両親・兄弟について
須貝選手がスキーの道を歩むことになったのは、家族の影響が大きかったようです。
父・母・姉・龍・弟の5人家族
須貝選手の家族構成は、父・母・姉・須貝龍選手・弟の5人家族です。
父親の須貝澄夫さん(2016年時点で53歳)は旧中条町(現・胎内市)出身。母親の情報は詳しく公表されていませんが、両親ともにバックカントリースキーをやっていたそうです。
この影響で、須貝選手は2歳からスキーを始めたとのこと。物心つく前からスキー場にいたなんて、まさにスキーと一体化した人生ですね。
姉と弟もスキー選手
さらに驚くべきことに、姉と弟も八海高等学校に通い、スキー選手として活躍していたそうです。まさにスキー一家!家族全員がスキーを愛していたからこそ、須貝選手も世界トップレベルまで上り詰めることができたのでしょう。

冬の週末には家族でスキー場へ行くのが日課だったに違いありません。そんな環境で育った須貝選手が、スキーで世界を目指すのは自然な流れだったのかもしれませんね。
須貝龍の学歴|出身校(中学・高校)
最後に、須貝選手の学歴についてご紹介します。彼がどのような学生時代を過ごし、世界に羽ばたいていったのか見てみましょう。
中学校は東小千谷中学校
須貝選手の出身中学は東小千谷中学校です。新潟県小千谷市にある公立中学校ですね。
中学時代から本格的にアルペンスキーの選手として活動を始めていたようです。雪国・新潟で育ったからこそ、スキーの技術を磨く環境に恵まれていました。
高校は新潟の名門・八海高校
高校は新潟県立八海高等学校に進学しました。八海高校はスキーの名門校として知られ、多くのトップアスリートを輩出しています。
高校1年生の時には新潟県予選で優勝し、インターハイに出場。その実力は早くから注目されていました。姉と弟も同じ八海高校に通っていたとのことで、兄弟揃って名門校でスキーに打ち込んでいたんですね。
高校3年で単身オーストリアへ渡欧
そして須貝選手の人生を決定づけた出来事が、高校3年生の夏から単身でオーストリアへ渡ったことです。
本場ヨーロッパでスキーの腕を磨くため、18歳という若さで海外に飛び出しました。言葉も文化も違う異国の地で、一人で生活しながらトレーニングを積む。その覚悟と行動力には本当に頭が下がります。
オーストリアでは海外レースを転戦し、年間1000万円程の資金を自分で集めながら活動していたそうです。スポンサー探しや資金調達も自分で行い、まさに「プロ」として活動していました。
大学進学はせずプロの道へ
須貝選手は高校卒業後、大学には進学せず、プロスキー選手としての道を選びました。最終学歴は新潟県立八海高等学校卒業となっています。
大学という選択肢もあったでしょうが、世界で戦うためには一刻も早く海外で経験を積む必要がある。そう判断したのでしょう。この決断力こそが、須貝選手の強さの源なのかもしれません。
2歳からスキーを始め、家族の愛情とサポートを受けながら世界トップレベルまで登り詰めた須貝龍選手。アルペンスキーでの挫折を乗り越え、スキークロスという新たなフィールドで日本人初のオリンピック出場を果たしました。
現在は愛する妻と2人の息子とともに、2026年ミラノ・コルティナ五輪でのメダル獲得を目指しています。怪我からの復帰も含め、これからの須貝選手の活躍から目が離せませんね!
ということで、須貝龍(すがいりょう)選手の結婚した妻や子供、両親(父母)や兄弟姉妹、学歴や出身校(中学高校大学)についてご紹介しました。