坂下恵里

坂下恵里(スノーボード)の両親(父母)兄弟・彼氏や結婚は?学歴や出身校も

スポンサーリンク

スノーボードのパラリンピックで日本女子初の代表という快挙を成し遂げた坂下恵里(さかしたえり)選手。

雪のない静岡県牧之原市で生まれ育った彼女が、なぜ世界の舞台で活躍できるようになったのでしょうか。

今回は、坂下恵里選手のプロフィールや経歴、家族のこと、学歴まで詳しくご紹介します。きっとあなたも彼女の挑戦に心を打たれるはずですよ。

スポンサーリンク

坂下恵里のプロフィールと経歴

坂下恵里選手は1992年5月4日生まれで、静岡県牧之原市の出身です。2026年現在、33歳になります。身長は159cmで、現在は長野県に住みながら三菱オートリースに所属しています。

彼女の人生を大きく変えたのは、2015年12月に起きた交通事故でした。当時23歳だった坂下選手は、東京で映像制作会社のテレビカメラマンとして働いていたのですが、愛車の中型バイクで通勤中に一時停止違反の自動車と激突してしまいます。この事故により、左足のヒザから下を切断せざるを得ない状況となりました。

普通なら絶望してしまいそうな状況ですよね。でも、坂下選手は違いました。事故からわずか1年後に、趣味だったスノーボードを再開したんです。「スノーボードって足首をあまり使わないから、滑れないことはないかな」と思ったのがきっかけだったそうです。この前向きな姿勢、本当にすごいですよね。

2020年、28歳のときにパラスノーボードの次世代育成指定選手となり、2021年から本格的に競技者としての道を歩み始めました。2021年の全国障がい者スノーボード選手権では見事優勝を果たし、2023年にはヨーロッパカップのバンクドスラロームで優勝してワールドカップ出場権を獲得しています。

そして2025年、坂下選手は念願のミラノ・コルティナ2026パラリンピックのスノーボード日本代表に内定しました。これは日本の女子選手として史上初の快挙なんです。彼女が出場するのは「SB-LL2クラス」という、ヒザより下の切断や麻痺がある比較的程度の軽い下肢障がいのクラスです。世界選手権ではバンクドスラロームで7位、スノーボードクロスで14位という成績を残しています。

スポンサーリンク

坂下恵里の両親・家族構成について

坂下恵里選手の家族について気になっている方も多いのではないでしょうか。彼女の実家は静岡県牧之原市で茶農家を営んでいます。静岡といえばお茶の名産地ですから、納得ですよね。

詳しい両親の情報については公開されていませんが、坂下選手自身が「家族に支えられて感謝している」と語っているように、温かい家庭環境で育ったことがうかがえます。また、彼女には山梨にいとこがいて、子どもの頃から一緒にスキーを楽しんでいたそうです。この経験が、後のスノーボードへとつながっていくんですね。

兄弟姉妹の情報については明確に公表されていませんが、インタビューなどでは家族全体が彼女の挑戦を応援している様子が伝わってきます。雪のない町で育った娘が、パラリンピックの代表選手になるなんて、ご両親もさぞ驚きと喜びでいっぱいでしょうね。

スポンサーリンク

坂下恵里の彼氏・結婚・子供の噂は?

活躍するアスリートとなると、プライベートも気になってしまいますよね。坂下恵里選手の恋愛事情や結婚については、現時点で公表されている情報はありません

インタビューを見ると、坂下選手はパラリンピックでの表彰台を目指して競技に全力投球している様子がうかがえます。2024年には東京から長野へ引っ越し、練習環境を整えて「もう後戻りはできない」という覚悟で取り組んでいます。

彼氏や結婚、子供についての噂も特に見当たりませんでした。現在は競技に集中する時期なのでしょう。ちなみに、坂下選手の趣味はサウナで、好きな食べ物はつぶ貝のお刺身だそうです。こういう情報って、なんだか親近感が湧きますよね。

スポンサーリンク

坂下恵里の学歴・出身校(小学校・中学・高校・大学)

坂下恵里選手の学歴についても詳しく見ていきましょう。彼女は地元の牧之原市立勝間田小学校を卒業しています。2025年には母校を訪れて99人の在校生たちから熱烈な歓迎を受けたというエピソードもあります。子どもたちにとって、地元出身のパラリンピック選手は憧れの存在ですよね。

中学校は榛原中学校に進学しました。ここからが坂下選手のスポーツ人生の始まりです。中学時代はソフトボール部で投手として活躍していたんです。高校は池新田高校に進み、ここでも引き続きソフトボール部に所属して投手を務めました。最高成績は県大会ベスト8だったそうです。

坂下選手自身、「目標を達成できたときはもう悔いなしというくらいの気持ちでした。かけがえのない時間だった」と振り返っています。団体競技での経験が、今のメンタルの強さにつながっているのかもしれませんね。

高校卒業後は都内の専門学校に進学しました。具体的な学校名は明かされていませんが、映像制作を学べる専門学校だったと考えられます。坂下選手がテレビカメラマンを目指したきっかけは、映画『海猿』のドキュメンタリー映像を観たことだったそうです。「一瞬の映像のために多くの労力がかけられていて心が動かされた」と語っています。

専門学校卒業後は映像制作会社に就職してテレビカメラマンとして働き始めました。「一つの目標に向かってチーム一丸で向かっていくところが部活と似ていて魅力的」だったとのこと。ソフトボールからカメラマン、そしてスノーボードへと、一見バラバラに見える経歴ですが、実は「目標に向かって努力する」という一本の糸でつながっているんですね。

スポンサーリンク

まとめ

いかがでしたか?坂下恵里選手のプロフィールや経歴、家族、学歴についてご紹介してきました。雪のない町で生まれ育ち、事故で左足を失いながらも、日本女子初のパラリンピック・スノーボード代表という快挙を成し遂げた彼女の物語は、多くの人に勇気と希望を与えています。

「センスがないので、人より努力して、人より本数を滑らないと追いつけない」と語る坂下選手。その不屈の精神と努力の積み重ねが、今の活躍につながっているのでしょう。2026年3月に開催されるミラノ・コルティナパラリンピックでは、最低入賞、最高表彰台を目指すとのこと。

「最初は何もできなかった私がここまでの舞台に上がることができるというのを多くの人に見てもらいたい」という坂下選手の言葉通り、彼女の挑戦は多くの人々に感動を届けるはずです。パラリンピックでの活躍を、みんなで応援しましょう!

ということで、スノーボードの坂下恵里(さかしたえり)選手の両親(父母)や兄弟姉妹、彼氏や結婚の噂、学歴や出身校(中学高校大学)についてご紹介します。

スポンサーリンク
坂下恵里
最新情報をチェックしよう!