阪神タイガースの坂本誠志郎(さかもとせいしろう)選手が2026 ワールド・ベースボール・クラシック(2026 World Baseball Classic)に出場します。
阪神タイガースでは主将を務めており、WBCでの活躍も注目されています。
ということで、坂本誠志郎選手と結婚した妻の馴れ初めや子供は?実家の両親(父母)や兄弟姉妹・祖父母、学歴や出身校(中学高校大学)についてご紹介します。
坂本誠志郎のプロフィール・経歴
阪神タイガースの正捕手として、投手陣を引っ張るリーダー的存在といえば坂本誠志郎(さかもと せいしろう)選手ですよね。チームのキャプテンを務め、「聖人キャラ」とまで称される坂本選手ですが、まずはその基本的なプロフィールをご紹介します。
生年月日 :1993年11月10日(32歳)※2026年2月時点
出身地 :兵庫県養父市
身長/体重:176cm/79kg
血液型 :O型
投打 :右投右打
ポジション:捕手
背番号 :12
所属 :阪神タイガース
ドラフト :2015年ドラフト2位指名
坂本選手は2015年のドラフト会議で阪神タイガースから2位指名を受け、契約金7000万円・年俸1200万円でプロ入りしました。兵庫県養父市出身者として初のプロ野球選手という、地元にとっても歴史的な快挙でした。
プロ入り後はなかなか正捕手の座を勝ち取れない苦しい時期もありましたが、2021年にはチームのキャプテンに就任。2023年には阪神18年ぶりのリーグ優勝・38年ぶりの日本一に大きく貢献し、その年のゴールデングラブ賞も受賞しました。
2025年シーズンは自己最多となる103試合以上に出場し、2年ぶりのリーグ優勝の立役者にもなっています。捕手としての評価も年々うなぎのぼりで、あのダルビッシュ有選手が「日本人選手で組みたいキャッチャー」の一人に坂本選手の名前を挙げるほどの実力者です。すごいですよね。
投手の長所を最大限に引き出すインサイドワークと、正確なコントロールを誇る送球・フレーミングが持ち味で、配球面でも高い評価を受けています。グラウンドではクールに投手陣をリードしながら、グラウンドの外では温かいキャラクターで愛される、まさに「縁の下の力持ち」的な存在です。
坂本誠志郎の結婚・妻・馴れ初め・子供・噂
グラウンドでの「頼れる正捕手」の顔とは別に、私生活ではとても愛妻家・子煩悩な一面でも知られる坂本選手。結婚の馴れ初めや家族のエピソードが、これまたほっこりするんです。
妻・有沙さんとの馴れ初め・結婚
坂本選手の妻・有沙(ありさ)さんは、埼玉県出身で坂本選手と同い年(1993年生まれ)の女性です。結婚当時の職業はCA(客室乗務員)で、結婚後は退職し家庭を支えていると見られています。プライバシー保護のため、顔画像や旧姓などの詳細は公表されていません。
ただ、似顔絵については公開されており美人であることがここからもうかがえます。

2人の馴れ初めは、明治大学在学中に坂本選手が野球部の同僚から有沙さんを紹介されたことがきっかけです。最初に会った瞬間に坂本選手が「一目惚れ」したというのですから、プロ野球選手らしい決断力の速さが恋愛でも発揮されたということでしょうか(笑)。ただ、すぐに成就したわけではなく、最初の告白は断られてしまったそう。「ここで諦めていたら…」と思うと胸が痛いですが、坂本選手は粘り強くアタックし続け、6年間の交際を経て2018年12月に入籍を発表しました。
結婚発表の際、坂本選手は「これまでも勝つために、ファンの方に喜んでもらうために、ファンも奥さんも喜ばせたい」とコメント。奥さんとファン、両方まとめて喜ばせると宣言するあたり、捕手らしい「まとめ力」を感じます。
有沙さんは食事面でも坂本選手をサポートしており、栄養士の義母(坂本選手の母親)からアドバイスをもらいながら献立を考え、負けが続いた時には見た目でも楽しめる工夫をしたり、坂本選手の好きな和食を用意して精神面でもサポートしているそうです。美人でCAという華やかな経歴でありながら、家族思いで芯のある奥様の存在が、坂本選手の活躍を支えているのは間違いないでしょう。
子供について
現在、坂本選手は3人の子供を持つお父さんでもあります。子供さんのお名前や顔画像はプライバシー保護のため公表されていませんが、インタビューなどから以下のことが伝わっています。
長女:2025年9月時点で6歳
長男:2025年9月時点で3歳
次女:2025年9月時点で1歳
坂本選手は毎朝、長女と長男を幼稚園に送り届けてから甲子園に向かうという習慣を大切にしているそうです。「ちゃんと子供たちにパパをしていた記憶を残したいので」という言葉には、父親としての真剣さが伝わりますね。
本人いわく「18時に試合が始まるのに朝10時半ごろに家を出て、帰るのが22時半ごろ。家にいる12時間のうち7〜8時間は寝ている。世のお父さんに比べて何もしていない…」と照れながら語っていますが、それでもできる限り家族と向き合おうとする姿勢が見えます。試合のない月曜日は率先して掃除・洗濯をこなすとのことで、まさにチームの「縁の下の力持ち」同様、家庭でも陰で支えるタイプなのかもしれません(洗濯物の畳み方が気に入らず、奥さんが畳み直すというほほえましいオチまでついてきます)。
苦しい時期にも「長男が歯を食いしばって幼稚園で頑張っている姿を聞いて、自分も頑張らなければと思えた」と語るなど、子供たちの成長が坂本選手にとっての原動力にもなっています。また、病気の子供と家族のための滞在施設「ドナルド・マクドナルド・ハウス」への訪問や支援活動も積極的に行っており、「聖人キャラ」と呼ばれる理由がわかる気がします。本人は「マジでやめてほしいっす」とやや困惑気味とのことですが(笑)、こういう素の言葉がまたファンを引きつけるんですよね。
グラウンドでの頼もしいリードと、家庭での温かい父親・夫の顔。両方を全力でこなす坂本誠志郎選手から、これからも目が離せません。
坂本誠志郎の実家・両親・兄弟・祖母
坂本選手の人柄のよさや芯の強さは、どこから来るのでしょう?その答えは、兵庫県養父市の実家と温かい家族の存在にあるのかもしれません。
実家は兵庫県養父市
坂本選手の実家は兵庫県養父市にあります。養父市は兵庫県北部の但馬地域に位置する、山に囲まれた自然豊かな地域です。坂本選手が2016年に阪神タイガースに入団したことは、地元・養父市の誇りとなりました。養父市出身者として初めてプロ野球選手になったという快挙は、地元では大きな話題となり、今でも「但馬の星」と呼ばれて愛されています。
2023年の日本一達成時には、坂本選手の祖母・久美さんが神戸新聞の取材に応じ、「よう頑張った」と目を細めていたというエピソードが報じられました。孫の活躍を心から喜ぶ祖母の姿が目に浮かびますし、その言葉を読んだだけでこちらまでジーンとしてしまいますよね。また、坂本選手の入団を機に疎遠になっていた祖母の旧友から連絡があり、交流が復活したというほっこりエピソードも伝わっています。
父・坂本龍二さん、母・坂本啓子さん
坂本選手の父親は坂本龍二さん。長年消防士として南但消防本部に勤務されており、1995年の阪神・淡路大震災では現場に出動し、救助活動にあたったという大変な経験をお持ちのお父さんでもあります。
坂本誠志郎パパ😆#ケンミンショー pic.twitter.com/PLZa9lEuuJ
— きっくん🐯🍍森下糸原大竹原口🐯 (@kikkun19790215) January 15, 2026
そして龍二さんは野球経験者でもあり、坂本選手が小学生のころに所属していた「養父カープ」ではコーチ・監督を務めていました。息子の誠志郎選手について龍二さんはこう語っています。「子どもの頃から負けず嫌いで、一生懸命練習をしていた。駆け引きや作戦に子どもながら優れ、戦術などに強い関心を持っていたので、周囲の保護者から『小監督』と呼ばれていた」。
「小監督」って、もうその時点で将来のキャプテン感が漂っていますよね(笑)。坂本選手の特技のひとつでもあるスキーも、幼い頃に龍二さんと一緒にナイタースキーを楽しんでいたのが始まりだそうで、親子で一緒に遊んでいた姿が目に浮かぶようです。
また、2015年のドラフト会議当日、龍二さんは息子の指名を願って当勝神社に参拝してから仕事に向かったそうです。父親の祈りが通じたのか、その日に阪神タイガースから2位指名という嬉しい知らせが届きました。
母親は坂本啓子さんで、元会社員です。2015年のドラフト会議の日も普段通り出勤しながら、一日中ドキドキが止まらなかったそう。息子を支えながら自分の仕事もこなす、たくましいお母さんですね。坂本選手の妻・有沙さんも食事面でサポートをする際、栄養士である啓子さんからアドバイスをもらっていたといいますから、「家族の絆」が料理のレシピまでつながっているのが素敵だと思いませんか?
兄・坂本剣志郎さん
坂本選手には2歳年上のお兄さん・坂本剣志郎(けんしろう)さんがいます。剣志郎さんも野球少年で、小学校時代は同じ「養父カープ」に所属。兄が投手・弟が捕手という「兄弟バッテリー」として但馬地域の大会で優勝を果たし、地元では有名な兄弟として取材を受けるほどでした。

兄の剣志郎さん
中学卒業後、剣志郎さんは野球の強豪校・報徳学園高校に進学しますが、全国大会常連の強豪校でレギュラーをつかむのは容易ではなく、3年間アルプス席から応援し続けたそうです。その経験から誠志郎選手自身も「このままではダメだ」と奮起し、肉体改造に取り組んだというエピソードも伝わっています。お兄さんの苦い経験が、弟の成長の糧になっていたのですね。兄弟の存在って、本当に大きいものだと感じます。
坂本誠志郎の学歴・出身校(中学・高校・大学)
坂本選手はどんな学校で野球を磨いてきたのでしょうか?幼少期から大学までの経歴を追ってみると、まさに「主将街道まっしぐら」とも言える学生時代だったことがわかります。
小学校・中学校時代(養父小学校・養父市立養父中学校)
坂本選手が野球を始めたのは小学1年生のとき。地元・兵庫県養父市の少年野球チーム「養父カープ」に入部し、最初のグラウンドに立ちました。小学3年生からはキャッチャーとしてプレーするようになり、「ほかに誰もいなかったから」というのがきっかけだったと坂本選手は振り返っています。なんともほほえましいエピソードですが、このポジション選択が後のプロ野球人生を大きく変えることになるんですから、人生って不思議ですよね。
中学は地元の養父市立養父中学校に進学し、軟式野球部に所属しました。山々に囲まれた自然豊かな環境で育ち、学力面でも文武両道をまっとうし、中学3年生のときには英検準2級を取得するほどの勉強家でもありました。「野球だけのガチガチ野球少年」ではなく、しっかりと勉強にも向き合っていたあたりに、今のリーダーシップの片鱗が見えますね。
履正社高等学校時代
中学卒業後は地元・兵庫を離れ、大阪府の強豪・履正社高等学校に進学しました。高校野球界では屈指の強豪校で、1学年先輩にはヤクルトスワローズで活躍した山田哲人選手もいたというから、その環境のレベルの高さが伝わりますよね。
坂本選手は1年生の秋から正捕手の座をつかみ、2年生の夏と3年生の春の2回、甲子園出場を果たしました。3年生の春のセンバツ大会では準決勝にまで進出するなど、全国的にもその名が知られる捕手へと成長します。さらに3年生時には主将も務め、チームをまとめる役目も担いました。「キャプテン」というポジションが板につきすぎている感じがしますが、後の明治大学でも、阪神タイガースでも主将を務めることを考えると、もはや「生まれながらのリーダー」と言っても過言ではないかもしれませんね。
明治大学時代
高校卒業後は明治大学に進学し、硬式野球部に所属。東京六大学野球という舞台で、1年生の春からリーグ戦に出場するという異例のスタートを切ります。1年秋には早くも正捕手に定着し、2年時にはベストナインを2回受賞するなど、大学野球界でも頭角を現しました。
4年生では再びキャプテンに就任し、チームをまとめる大役を担います。また、2015年に韓国で開催された第28回ユニバーシアード大会では日本代表の主将として正捕手を務め、見事金メダルを獲得しました。国際舞台でも主将として金メダル、という輝かしい実績を引っ提げて迎えた2015年秋のドラフト会議でした。
WBCでの活躍もぜひ期待しましょう。
ということで、坂本誠志郎(さかもとせいしろう)選手と結婚した妻の馴れ初めや子供は?実家の両親(父母)や兄弟姉妹・祖父母、学歴や出身校(中学高校大学)についてご紹介しました。