岡本圭司

岡本圭司の結婚した妻や子供・両親(父母)兄弟は?学歴や出身校も

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プロスノーボーダーの岡本圭司(おかもとけいじ)選手が2026年ミラノ・コルティナパラリンピックに出場します。

2022年の北京冬季パラリンピックに続いての出場となり活躍が期待されています。

ということで、岡本圭司選手の結婚した妻や子供・両親(父母)や兄弟姉妹、学歴や出身校(中学高校大学)についてご紹介します。

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岡本圭司のプロフィール・経歴を徹底解説

岡本圭司(おかもと けいじ)選手は、1982年2月20日生まれの43歳、兵庫県神戸市出身のプロスノーボーダーです。身長170cm、体重56kg、血液型O型。現在は牛乳石鹸共進社とサイドウェイに所属し、パラスノーボード日本代表として活躍しています。

彼の経歴で最も驚くべき点は、雪の降らない神戸で生まれ、高校卒業後の19歳からスノーボードを始めたという異色のスタート。それにもかかわらず、ビッグエアやスロープスタイルで日本を代表するフリースタイルスノーボーダーとして活躍し、業界の一時代を築きました。

健常者時代の輝かしいキャリア

岡本選手は早くからTTRワールドスノーボードツアーに参戦し、世界中のトップライダーたちと競い合いました。2007年に開催された屋内大会「日産X-TRAIL JAM IN 東京ドーム」では日本人最高の5位に入賞するなど、スロープスタイルの第一人者として名を馳せました。

さらに2009年には、日本人で初めてドイツの老舗スポーツブランド・フォルクルとインターナショナル契約を結ぶという快挙を達成。2013年12月には牛乳石鹸共進社とスポンサー契約を締結し、同社がプロスポーツの現役選手と契約することは初めてのことでした。

2007年からは、映像や写真による実技の表現を主体に活動を開始。HYWOD(ハイウッド)というプロスノーボードプロダクションのリーダーとして、角野友基選手など若手スノーボーダーの育成や実技映像の制作にも従事し、業界全体の発展に貢献してきました。

転落事故からの奇跡の復活

しかし2015年2月7日、岡本選手の人生は大きく変わりました。33歳のとき、映像撮影中に道路へ転落し、その衝撃で腰椎など十数カ所を骨折、脊髄損傷により下半身不随に。ヘリコプターで病院に搬送され、緊急手術を受けましたが、右膝の下に麻痺が残り、1年以上の入院とリハビリを余儀なくされました。

担当医からは車椅子生活を宣告されましたが、岡本選手は諦めませんでした。たゆまぬリハビリの結果、自立歩行が可能な状態にまで回復。2018年に日本障害者スキー連盟が主宰するパラスノーボードの大会に参加したことをきっかけに、パラスノーボードで競技生活を再開したのです。

2020年1月にはアメリカで開催された北米選手権第2戦で、国際パラスノーボード大会における初優勝を達成。そして2022年の北京冬季パラリンピックでは、スノーボードクロスで8位入賞、バンクドスラロームで13位という成績を収めました。

現在も現役選手として、2026年ミラノ・コルティナパラリンピック連続出場を目指して日々トレーニングに励んでいます。パラスノーボーダーとしての活動と並行して、京都府京田辺市に年間を通じてスノーボードやスキーを練習できる施設「京・大阪KINGS」を開設するなど、スノーボード業界の振興にも尽力しています。

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岡本圭司の結婚した妻・子供とのエピソード

岡本圭司選手は2010年10月23日にSU-KO(スーコー)さんと結婚しています。妻のSU-KOさんは、本名を岡本(旧姓:妹尾)純子さんといい、2025年時点で結婚15年を迎えました。

岡本選手のInstagramには「結婚して15年が経ちました。脊髄損傷しても、お金が底をついても、半年間家に居なくても、何があっても、ついて来てくれてる最高のパートナーです」という感謝の言葉が投稿されています。事故後の困難な時期も、妻の純子さんが支え続けてくれたことが伺えますね。

子供との家族時間

岡本選手には子供がいることもSNSから確認できます。Instagramの投稿には「仕事で北海道へ。珍しく1人旅だったので妻も誘って、子供はじいちゃんばあちゃんに預けて」という文章があり、家族との時間を大切にしながら競技活動を続けていることがわかります。

2022年の投稿では「怪我して7年、パラスノーボードに挑戦して3年」と振り返り、家族の支えがあってこその復活だったことを語っています。事故後の困難な時期も、妻や子供、そして両親のサポートが岡本選手を支えてきたんですね。

障害を負いながらも、家族のために、そして自分のために前進し続ける岡本選手の姿勢は、多くの人に勇気を与えています。「どんな状況でもスノーボードを楽しみたい」という強い思いと、家族の絆が彼の原動力になっているんです。

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岡本圭司の両親・父・母・兄弟姉妹について

岡本圭司選手の両親や家族に関する詳細な情報は多くは公開されていませんが、彼のキャリアを支えてきた家族の存在は確実に大きなものです。

雪の降らない神戸市で生まれ育った岡本選手。高校卒業まで神戸で過ごし、19歳でスノーボードを始めるという遅いスタートでした。それでも世界トップクラスにまで上り詰めたのは、家族の理解とサポートがあったからこそでしょう。

特に2015年の転落事故後、下半身不随という重大な障害を負った際には、家族の支えが不可欠でした。Instagramの投稿にも「子供はじいちゃんばあちゃんに預けて」という表現があり、両親(祖父母)が孫の面倒を見ながら岡本選手の競技活動を支えている様子が伺えます。

家族との合言葉

サントリーのチャレンジドスポーツプロジェクトのインタビューでは、「家族との合言葉」というテーマで語っている記事も存在します。事故という試練を乗り越え、パラリンピック出場という夢を実現できたのは、家族の温かい支えと励ましがあったからに他なりません。

兄弟姉妹に関する具体的な情報は公開されていませんが、神戸という地元で育った岡本選手を家族全体が応援し続けていることは間違いないでしょう。彼の挑戦は、家族の絆の強さを物語る素晴らしいストーリーなんです。

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岡本圭司の学歴・出身校!中学・高校・大学までの教育歴

岡本圭司選手の学歴について、最も確実な情報は甲南大学卒業という経歴です。甲南大学は兵庫県神戸市東灘区にある私立大学で、岡本選手の地元・神戸にあります。

具体的な中学校名や高校名は公開されていませんが、神戸市出身であることから、地元の学校に通っていたと考えられます。興味深いのは、兵庫県立御影高等学校で2021年10月28日に行われた進路講演会で、岡本選手が講師として招かれていることです。この学校が母校かどうかは明言されていませんが、地元の高校生に向けて自身の経験を語っています。

遅いスタートから世界へ

岡本選手のユニークな点は、高校卒業後の19歳からスノーボードを始めたという遅咲きのキャリアです。多くのプロスノーボーダーが小学生や中学生から競技を始めるのに対し、彼は大学生になってから本格的にスノーボードに取り組み始めました。

雪の降らない神戸で育ち、スノーボードとの出会いも遅かった岡本選手。それでも類まれなる運動神経と情熱、そしてチャレンジ精神で世界トップクラスに上り詰めたのは本当に驚異的です。

甲南大学在学中、または卒業後にスノーボードに没頭し、2007年にはプロとして日本を代表する選手に成長。学業とスポーツを両立させながら、夢を追いかけ続けた岡本選手の努力は、多くの若者にとって大きな励みになるでしょう。

現在は選手としての活動だけでなく、スノーボードパークの造成、スクールの開校、参加型イベント「COWDAY」の企画、次世代の育成など、教育者としても活躍しています。「多くの人にスノーボードの楽しさと学びを提供したい」という思いで、競技者から一般の愛好家まで幅広い層に向けた活動を展開しているんです。

ミラノ・コルティナパラリンピックでの活躍にぜひ期待しましょう。

ということで、岡本圭司(おかもとけいじ)選手の結婚した妻や子供・両親(父母)や兄弟姉妹、学歴や出身校(中学高校大学)についてご紹介しました。

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