チェアスキーの村岡桃佳(むらおかももか)選手がミラノ・コルティナパラリンピックに出場します。
平昌パラリンピックと北京パラリンピックでの活躍に続き、今回のパラリンピックでの活躍も注目されています。
ということで、村岡桃佳選手の彼氏や結婚の噂・両親(父母)や兄弟姉妹、学歴や出身校(中学高校大学)についてご紹介します。
村岡桃佳のプロフィールと経歴
村岡桃佳(むらおか ももか)選手は、1997年3月3日生まれの日本を代表するチェアスキー選手です。埼玉県深谷市(旧:川本町)出身で、現在はトヨタ自動車に所属しています。
村岡選手のパラリンピックでの活躍は目覚ましく、平昌パラリンピックと北京パラリンピックで合計9個のメダルを獲得しています。中でも金メダルは4個を数え、冬季パラリンピックにおける日本人選手の最多記録を保持しているんですよ。
4歳の時に横断性脊髄炎という病気に感染し、両下肢に麻痺が残って車いす生活となった村岡選手。最初は外に出ることが怖くなり、引きこもりがちだったそうです。でも、お父さんと一緒にさまざまな車いすスポーツに挑戦する中で、次第に前向きな気持ちを取り戻していったんですね。
中学生の時に、同じくパラアルペンスキーのレジェンド・森井大輝選手に憧れて、競技スキーの世界に飛び込みました。17歳という若さで2014年のソチパラリンピックに初出場し、大回転で5位入賞を果たしています。
村岡桃佳の主な実績とキャリア
村岡選手のキャリアで最も輝かしいのが、2018年平昌パラリンピックでの快挙です。なんと出場した5種目すべてで表彰台に立ち、金1個、銀2個、銅2個の合計5個のメダルを獲得しました。これは冬季パラリンピック日本選手の1大会における最多記録なんです。
さらに2022年の北京パラリンピックでは日本選手団の主将を務め、滑降、スーパー大回転、大回転で金メダルを獲得し、スーパー複合では銀メダルという素晴らしい成績を残しました。特に印象的だったのは、スーパー大回転の滑走中に片方のコンタクトレンズが落ちるというハプニングに見舞われながらも、視界不良を乗り越えて金メダルを獲得したエピソードです。
村岡選手は早稲田大学卒業後、大学院に進学し、現在は博士後期課程に在籍しています。まさに文武両道のアスリートと言えるでしょう。
2018年春には紫綬褒章を受章し、2022年春には紫綬褒章飾版を受章するなど、その功績が国からも高く評価されています。
村岡桃佳の彼氏・結婚・夫・子供に関する噂
村岡桃佳選手のプライベートについて気になる方も多いのではないでしょうか。しかし、現在のところ結婚しているという情報はありません。彼氏や夫、子供に関する公式な発表もなく、恋愛関係についての具体的な情報は見つかっていません。
村岡選手は現在28歳で、競技に集中している真っ只中です。2026年のミラノ・コルティナパラリンピックを控え、日々トレーニングに励んでいる状況ですから、アスリートとしてのキャリアを最優先されているようですね。
SNSでの発信を見ても、競技に関する投稿やスポンサー企業との活動が中心で、プライベートな恋愛関係についての言及はほとんど見られません。トップアスリートとして、ストイックに競技に向き合う姿勢が感じられます。
ちなみに、村岡選手は大のサンリオファンとして知られており、2025年にはサンリオとスポンサー契約を締結しました。「私の人生は、サンリオと共に歩んできたと言っても過言ではない」と語っているほど、ハローキティやポチャッコなどのキャラクターが大好きなんですよ。こうした可愛らしい一面も、ファンから愛される理由の一つですね。
村岡桃佳の両親(父・母)と兄弟・姉妹
村岡桃佳選手の家族構成は、父・秀樹さん、母・操さん、姉、兄、妹の6人家族です。村岡選手は4人きょうだいの次女として育ちました。
村岡桃佳の父親と二人三脚の歩み
村岡選手の競技人生を語る上で欠かせないのが、父・秀樹さんの存在です。娘が4歳で車いす生活になった時、秀樹さんは「娘の気持ちを少しでも理解したい」と自らも車いすに乗り、車いすテニスなどさまざまな車いすスポーツを始めたそうです。

秀樹さんは村岡選手が早稲田大学に入学するまで、自宅から練習場まで車で送迎し、一緒にトレーニングを重ねてきました。まさに父と娘の二人三脚で掴んだメダルと言えるでしょう。
平昌パラリンピックで村岡選手が銀メダルを獲得した際、秀樹さんが涙を流して喜ぶ姿が報道されました。無事に滑り切った娘を、両親が涙で祝福する光景は、多くの人の心を打ちました。
村岡桃佳の母親と兄弟姉妹
母・操さんも、娘の競技活動を温かく支えてきました。家族全員で競技会場に足を運び、応援する姿がたびたび報道されています。

きょうだいについては、姉の菊地祐里さん(村岡選手の9歳上)、兄の弥沙紀さん、妹の姫佳さんがいます。姉の祐里さんは結婚して苗字が変わっていますが、家族の絆は変わらず強いようです。

左から妹・姫佳さん、母・操さん、兄・弥沙紀さん
深谷市内の中華料理店の店主によると、「桃佳ちゃんが小学生のときからうちに通っていて、きょうだいで来たり、お母さんも一緒だったりしました」とのこと。広東麺や餃子、野菜炒めなどを家族で楽しんでいたそうですよ。
村岡選手は素晴らしい家族に囲まれて育ち、家族の支えがあったからこそ今の活躍があると言えますね。実家の温かい雰囲気が、村岡選手の明るい人柄を育んだのでしょう。
村岡桃佳の学歴(中学・高校・大学)
村岡桃佳選手の学歴について詳しく見ていきましょう。
出身中学校
村岡選手は地元の深谷市立川本北小学校を卒業後、深谷市立川本中学校に進学しました。中学2年生の時に競技スキーの世界に本格的に足を踏み入れ、パラリンピアンの滑りに魅了されたそうです。
中学3年生の時には、本庄市にある早稲田大学本庄高等学院への進学を目指していたものの、当時の校舎がバリアフリー化されていなかったため、残念ながら進学を断念することになりました。
出身高校
そこで村岡選手が選んだのが、正智深谷高等学校です。地元の私立高校に通いながら、競技活動との両立を図りました。
高校2年生の時に17歳でソチ2014パラリンピック競技大会の日本代表に選出され、大回転で5位入賞を果たしています。高校生でパラリンピックに出場するなんて、本当にすごいことですよね。
出身大学と大学院
高校卒業後、村岡選手はパラスポーツ選手として初めて「トップアスリート入試」に合格し、早稲田大学スポーツ科学部に入学しました。
村岡選手の進学に合わせて、早稲田大学スキー部は寮をバリアフリー化することになりました。改修工事費用600万円のうち、500万円は大学側が負担し、残り100万円は匿名の寄附により賄われたそうです。これを機に早稲田大学はキャンパス全体のバリアフリー化を推進するようになったんですよ。
スキー部では、ノルディック複合の渡部暁斗・渡部善斗兄弟を育てた名監督・倉田秀道監督に師事しました。倉田監督にとっても障害スポーツ選手に関わるのは初めてのことで、最初は受け入れに反対していたそうですが、部員に相談した結果、誰一人反対する者がいなかったため、覚悟を決めたというエピソードが残っています。
2019年3月には、競泳日本代表の渡辺一平選手とともに「学術院長特別賞」を受賞しました。そして大学卒業後は早稲田大学大学院に進学し、現在は博士後期課程に在学中です。
村岡選手は競技と学業の両立に成功しており、文武両道の素晴らしいロールモデルとなっています。早稲田大学での経験が、彼女のアスリートとしての成長にも大きく貢献したことは間違いありません。
2026年ミラノ・コルティナパラリンピックへの挑戦
村岡桃佳選手は、2026年3月に開催されるミラノ・コルティナパラリンピックの日本代表に内定しています。3大会連続の金メダル獲得を目指して、日々練習に励んでいます。
ただし、2025年11月の練習中に左鎖骨を骨折するというアクシデントに見舞われましたが、現在はリハビリ中とのことです。村岡選手の回復力と精神力なら、きっと万全の状態で大会に臨めるはずです。
村岡選手は一時期、夏冬二刀流として陸上競技にも挑戦し、2021年の東京パラリンピックで女子100m車いすT54に出場して6位入賞を果たしています。しかし、2026年のミラノ・コルティナパラリンピックに専念するため、一度パラ陸上に区切りをつけることを決断しました。
これからも村岡桃佳選手の活躍から目が離せませんね。私たちも応援を続けていきましょう!
ということで、村岡桃佳選手の彼氏や結婚の噂・両親(父母)や兄弟姉妹、学歴や出身校(中学高校大学)についてご紹介しました。