クロスカントリースキーの森宏明(もりひろあき)選手がミラノ・コルティナパラリンピックに出場します。
冬のオフシーズンには陸上競技にも挑戦する二刀流アスリートであり、活躍が期待されています。
ということで、森宏明選手の結婚した妻や子供は?両親(父母)や兄弟姉妹、学歴や出身校(中学高校大学)についてご紹介します。
森宏明 パラリンピック|プロフィールと経歴
森宏明(もり ひろあき)選手は、1996年4月26日生まれの東京都板橋区出身のクロスカントリースキー選手です。朝日新聞社に勤務しながら競技を続ける社会人アスリートとして、2022年北京パラリンピックに出場し、2026年のミラノ・コルティナパラリンピックにも日本代表として内定しています。
森選手の人生は、まさに波瀾万丈です。小学2年生から野球を始め、中学時代は硬式野球の名門シニアチームに所属。東京都板橋区という野球が盛んな環境で育ち、四番でエースでキャプテンという主力選手として活躍していました。地元には野球用具の専門ショップがあり、荒川の河川敷沿いにはグラウンドがたくさんあって、野球がとても身近に感じられる環境だったそうです。
高校2年の夏、人生を変えた交通事故
淑徳高等学校に進学し、野球部で主将を務めていた森選手の人生を大きく変える出来事が起こったのは、高校2年生の夏休みでした。練習試合後の片づけ中、OBが運転する車が猛スピードで突っ込み、車のバンパーと建物の間に挟まれて両足を轢かれるという痛ましい交通事故に遭遇したのです。
出血多量で何度も意識が飛びそうになりながらも、「このまま気を失ったらショック死してしまう」という思いで必死に自我を保っていたと森選手は語っています。緊急手術で両大腿部を切断し、目覚めたときには膝下までしかない両足があったそうです。「野球ができない」という悔しさを感じる間もなく、生死の境をさまよった数十分間に「一生分の地獄を見た」と振り返っています。
クロスカントリースキーとの運命的な出会い
事故から半年間の入院とリハビリを経て、2016年2月には高校に復学。卒業後、明治大学文学部に進学した森選手は、当初はスポーツから離れ、アルバイトやインターンシップ、そして芸術作品に触れる日々を過ごしていました。御茶ノ水や神保町、上野など文化的な環境で自分自身と向き合う時間を大切にしていたそうです。
転機が訪れたのは2017年7月、大学3年生の夏休み前でした。パラノルディックスキー・クロスカントリーの誘いを受けたのです。就職活動を始めていた時期でしたが、「新しいことに挑戦してみたい」という想いから、就活をいったんストップして競技を始める決断をしました。
北海道大雪山の旭岳で初めて滑ったとき、一面の銀世界に衝撃を受けた森選手。座って滑るシットスキーという用具を使い、下り坂でスピードに乗ると止まれないという恐怖心と戦いながら、手探りで練習を重ねていきました。当時、日本では座位カテゴリーの選手がちょうど引退した直後で、森選手が唯一の競技者。動画サイトで海外選手のフォームを研究し、立位選手の先輩方やコーチから基礎を教わりながら、短期間で急成長を遂げます。
2019年のWPNSパラノルディックスキー世界選手権(カナダ)では男子12.5kmミドルで5位入賞。2022年の北京パラリンピックでは男子スプリント31位、男子10km30位、混合リレー7位という成績を残しました。コロナ禍での体調不良など不完全燃焼だった北京大会の悔しさをバネに、2026年ミラノ・コルティナパラリンピックでのメダル獲得を目指しています。
さらに森選手は、冬のオフシーズンには陸上競技にも挑戦。車いす陸上400メートル走に取り組み、二刀流アスリートとして活躍の幅を広げています。「自分で決めて自分で責任をとる」という個人競技のスタイルが、彼の哲学に合っているそうです。
森宏明 パラリンピック|彼女や結婚・妻や子供の噂について
森宏明選手は、2021年末に結婚しています。お相手は、なんと東京パラリンピック水泳代表の西田杏(にしだ あん)選手です!パラアスリート同士のビッグカップルとして、大きな話題となりました。

西田選手は1996年生まれで森選手と同い年。東京2020パラリンピックの水泳競技に出場し、日本代表として活躍した実力派スイマーです。2人がどのように出会ったかの詳細は公表されていませんが、パラスポーツ界での交流を通じて知り合ったものと思われます。
お互いを高め合うパラアスリート夫婦
結婚後、森選手はインタビューで「じつは家庭ではあんまり競技の話はしません(笑)」と語っています。競技歴としては妻の西田選手の方が圧倒的にキャリアと実績があり、アスリートに専念しているため、森選手も「弱音は吐いていられません」とのこと。
お互いに敬意を持って応援し合っており、「もっとあなたはできると思う」というような気持ちで叱咤してもらうことが多いそうです。まさに、お互いを高め合える最高のパートナーですね!
2022年には、森選手が北京パラリンピックに、西田選手はオフシーズンとそれぞれの道を歩みながらも、夫婦として支え合っていました。森選手が陸上競技の記録会に初挑戦した際も、西田選手が応援に駆けつけていたとのエピソードがSNSで話題になりました。
子供については、2023年時点では情報がありませんでした。両選手とも現役アスリートとして競技に専念している時期なので、まずはそれぞれの目標達成を優先しているのかもしれませんね。
森宏明 パラリンピック|両親・父・母・兄弟・姉妹について
森宏明選手の両親や兄弟姉妹についての詳しい情報は、公式には公開されていません。しかし、高校2年生という多感な時期に両足を失うという大きな困難に直面した息子を、ご家族がどれほど支えてきたかは想像に難くありません。
家族の支えが心の支柱に
事故後、森選手が入院したのは埼玉県の病院で、東京都板橋区の自宅から通うのも大変だったと振り返っています。家族、特に両親が病院に通い詰めてくれたことが、森選手の回復を支えました。
「医療ソーシャルワーカーさんとの相談の中で障害者手帳を代理で申請するときや、障害当事者の家族として今後必要になる手続きを本人よりも先に初めて知ることになるわけで、いろんな苦労をかけてしまった」と森選手は語っています。しかし家族は直接その苦労を見せないようにしてくれたことが、本当にありがたかったそうです。
だからこそ、退院してから親には心配をかけたくなくて、「野球を失っても次の目標に突き進んでいる姿を一番に見せたかった」という想いが、森選手を前向きにさせました。自分がしょげていると周りも変に気にしてしまうので、それがとにかく嫌で、最初は空元気だった部分もあったものの、それによって本当に元気になれたと言います。
「家族や友人を悲しませたくない。その一心で前を向いた」という森選手の言葉からは、家族への深い愛情が感じられますね。事故の加害者に対する憎しみの感情を家族に持ってほしくなかったという想いも、前向きに人生を受け入れるきっかけになったそうです。
現在、森選手が朝日新聞社で働きながらパラリンピックを目指し、さらには結婚して新たな家族を築いている姿を、ご両親やご家族は誇りに思って応援し続けていることでしょう。
森宏明 パラリンピック|学歴・出身校(中学・高校・大学)
森宏明(もりひろあき)選手の学歴や出身校(中学高校大学)についてご紹介します。
中学校:東京都内の公立中学校
森宏明選手は東京都板橋区出身で、地元の中学校に通っていたと考えられます。中学時代は硬式野球の名門シニアチームに所属していました。都内のクラブにも関わらず、他県からでもそこで指導を受けたいと実力ある選手が集まってくる競争の激しい環境だったそうです。
小学校まではピッチャーをやっていましたが、中学のクラブチームでは通用しないと早い段階で悟り、そこから自分にできることを着実に取り組む姿勢に変わりました。内外野いろんなポジションに挑戦し、最終学年ではキャッチャーに定着。チームは全国大会に出場し、上位の成績を収めるなど、輝かしい実績を残しました。
高校:淑徳高等学校
中学卒業後、森選手は淑徳高等学校に進学しました。野球の強豪校を目指す選択肢もありましたが、「大学に入って東都リーグで野球をする」という目標のため、下級生からでも実戦経験が多く積める環境、そして勉強もしっかりと教えてくれる近場の高校を選んだそうです。
淑徳高校では1年生の早い段階から試合に出場し、自分たちの代では主将を任されました。四番でエースでキャプテンとして、高校最後の1年間は「もっとも真摯に野球へ取り組んだ時期」だったと振り返っています。
しかし、高校2年生の夏休み、練習試合後に交通事故で両足を失うという人生を変える出来事が起こりました。それでも森選手は諦めませんでした。半年間の入院とリハビリを経て、2016年2月には高校に復学し、無事に卒業を果たしています。
事故後も母校との絆は強く、2022年の北京パラリンピック出場前には淑徳中学高等学校で壮行会が開催されました。後輩たちに夢を持つことの大切さを伝える森選手の姿は、まさに母校の誇りですね!
大学:明治大学文学部
高校卒業後、森選手は明治大学文学部に進学しました。当初は野球から離れ、サークル、アルバイト、インターンシップと忙しく過ごしていたそうです。明治大学の駿河台キャンパスは、楽器屋やスポーツショップが立ち並ぶ御茶ノ水と、本の街である神保町がそばにあり、美術館がある上野や六本木にも行きやすい環境でした。
大学1〜2年生の頃は、芸術作品に触れ、本を読む時間を大切にしながら、自分自身と向き合う期間を過ごしました。そして大学3年生の2017年7月、パラノルディックスキー・クロスカントリーの誘いを受け、競技者としての道を歩み始めます。
大学卒業後の2019年、森選手は朝日新聞社に入社し、パラスキー選手としては珍しい企業勤務とアスリート活動の両立をスタートさせました。現在も朝日新聞社に勤務しながら、競技活動を続ける社会人アスリートとして活躍しています。
学歴は「大卒」として公式に記録されており、学業と競技、そして仕事の三つを両立させる森選手の姿は、多くの人々に勇気を与えています。
まとめ
森宏明選手は、高校2年生で両足を失うという想像を絶する困難に直面しながらも、家族の支えと自身の前向きな姿勢で立ち上がり、大学時代に出会ったクロスカントリースキーで北京パラリンピック日本代表にまで上り詰めました。
東京パラリンピック水泳代表の西田杏選手と結婚し、お互いを高め合うパラアスリート夫婦として、2026年のミラノ・コルティナパラリンピックでのメダル獲得を目指しています。さらに冬のオフシーズンには陸上競技にも挑戦する二刀流アスリートとして、活躍の幅を広げ続けています。
朝日新聞社に勤務しながら競技を続ける森選手は、「パラスポーツは生き方への応援」と語ります。困難を乗り越え、目標に向かって挑戦し続ける姿が、多くの人々に勇気と希望を与えています。
東京都板橋区から世界へ。淑徳高校、明治大学と学び、成長し、そして今、世界の舞台で輝き続ける森宏明選手。彼の挑戦から目が離せません。
ということで、森宏明選手の結婚した妻や子供は?両親(父母)や兄弟姉妹、学歴や出身校(中学高校大学)についてご紹介しました。