近藤心音

近藤心音の両親(父母)兄弟姉妹・彼氏や結婚は?出身校(中学高校大学)も

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フリースタイルスキー・スロープスタイル&ビッグエアの近藤心音(こんどうここね)選手がミラノ・コルティナ冬季オリンピック日本代表に内定しました。

2022年北京五輪は決勝前の怪我で無念の欠場という悔しい過去があり、今回はメダル獲得に期待がかかります。

ということで、近藤心音選手の両親(父母)や兄弟姉妹、彼氏や結婚の噂、学歴や出身校(中学高校大学)についてご紹介します。

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近藤心音のプロフィール・経歴|フリースキー界のレジェンドを父に持つ若きアスリート

みなさん、フリースタイルスキー・スロープスタイル&ビッグエアの近藤心音選手をご存知ですか?フリースキーの第一人者と言われる父・近藤信さんを師として、幼い頃からスキーの英才教育を受けてきた、今大注目の若手アスリートなんです!

近藤心音(こんどう ここね)選手は、2003年2月19日生まれの22歳(2026年2月現在)。出身地は長野県白馬村で、現在はオリエンタルバイオ株式会社に所属しています。

「ここね」という可愛らしい名前も印象的ですよね。白馬村という日本有数のスキーリゾート地で生まれ育った彼女にとって、スキーは生活の一部。そして何より、父親がフリースキー界のレジェンドだったことが、彼女の人生を決定づけました。

近藤選手の父、近藤信(こんどう まこと)さんは、フリースキーが世界的にブレイクした2000年頃に、日本のフリースキーシーンをリードした第一人者。長野オリンピックの前後には多くのスキーヤーたちから「隊長」と呼ばれ、慕われていた存在でした。

そんな父を師として、心音選手は幼い頃からスキー界でも比較的新しい競技であるフリースタイルスキーのスロープスタイルとビッグエアに取り組んできました。スロープスタイルはレールやジャンプ台などの障害物が設置されたコースを滑り降りる競技、ビッグエアは巨大なジャンプ台から空中技を披露する競技です。どちらも迫力満点で、見ているだけでドキドキする競技なんですよね!

北京五輪での悲劇──決勝直前の大怪我

近藤選手の経歴で語られるべきは、2022年北京オリンピックでの出来事です。当時18歳で初めてのオリンピック出場を果たした心音選手。世界選手権スロープスタイルで9位、ビッグエアで15位という実績を引っ提げて臨んだ大舞台でした。

しかし、運命は残酷でした。決勝前の公式トレーニング中に大怪我を負い、無念の欠場という結果に。父の思いを胸に臨むはずだった舞台で、まさかの事態が起きてしまったのです。

怪我の詳細は公表されていませんが、決勝に出場できないほどの重傷だったことは間違いありません。オリンピックという夢の舞台で、しかも決勝直前に怪我をするなんて──想像するだけで胸が痛くなります。

でも、近藤選手はここで終わりませんでした。北京五輪を「2026年ミラノ・コルティナダンペッツォ大会への通過点」と位置づけていた彼女は、リハビリと復帰に全力で取り組んだのです。

リベンジの舞台へ──ミラノ五輪代表内定

そして2026年、ついにミラノ・コルティナ冬季オリンピック日本代表に内定!4年前の悔しさを晴らす、リベンジの舞台が用意されました。

本人もInstagramで「挑戦の数だけ、未来は変わる」とコメントしており、北京での経験があったからこそここまで来れたという前向きな姿勢を見せています。この4年間、どれだけ厳しいトレーニングを積み重ねてきたことでしょう。

2021年の世界選手権では、スロープスタイルで9位入賞という好成績を残しており、世界レベルの実力は証明済み。今回のミラノ五輪では、間違いなくメダル候補の一人として期待されています。

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近藤心音の両親・父・母・兄弟姉妹|レジェンドの父とサポートする家族

近藤心音選手の活躍の背景には、必ず家族の存在があります。特に父親の影響は計り知れないものがあります。

父・近藤信さん|フリースキー界のレジェンド

近藤選手の父親は、近藤信(こんどう まこと)さん。フリースキーの第一人者と言われ、長野オリンピックの前後には「隊長」という愛称で多くのスキーヤーたちから慕われていた、まさに日本フリースキー界のレジェンドです。

2000年頃、フリースキーが世界的にブレイクした時期に、日本のフリースキーシーンをリードしていた存在。娘の心音選手にとって、父は最高のコーチであり、憧れの存在でした。

信さんは心音選手が幼い頃からスキーを教え、技術だけでなく、スキーの楽しさや競技への向き合い方も伝えてきました。父の背中を見て育った心音選手が、フリースタイルスキーの道を選んだのは必然だったのかもしれません。

母・近藤聖子さん|家族を支える存在

心音選手の母親は、近藤聖子(こんどう きよこ)さん。父親がスキー界のレジェンドとして多忙な中、家族を支え、娘のスキー人生をサポートしてきた縁の下の力持ちです。

アスリートの母親として、娘の食事管理や体調管理、遠征のサポートなど、見えないところで多くの支えがあったはず。白馬村という地で、スキー一家を守り続けてきた聖子さんの存在も、心音選手の活躍に欠かせないものです。

妹の存在|4人家族の絆

近藤選手の家族構成は、父・母・本人・妹の4人家族です。

妹の叶音(かのん)さんも同じ競技をしているそうで、家族写真には4人そろっての写真や幼少期の心音選手と一緒に写る姿も確認できます。

スキー一家の次女として、きっと妹さんも姉の活躍を誇りに思っているでしょうね。家族全員でオリンピックを応援する姿が目に浮かびます。

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近藤心音に彼氏や結婚の噂は?夫・子供についても調査

22歳という若さで世界と戦う近藤心音選手。気になる恋愛事情についても触れておきましょう。

インスタグラムでの写真を見てみると男性との仲睦まじい姿がありました。

お相手の男性と思われるコメントでは

@tomu1004
いつも傍で支えてくれてありがとう

とのメッセージがあり、男性のアカウントを見てみると「知武」という名前らしきものがありました。

男性のインスタグラムの方でもまた「温泉旅行でした」「箱根旅」といったコメントがあり、こちらでもツーショットの写真が掲載されています。

さらに、近藤心音選手のインスタグラムをさかのぼってみると、男性の写真が複数掲載された投稿があり、「彼氏の写真を撮るのが好きみたい」とコメントされています。

一連の流れからすると、この男性と交際されているのではないかと思われます。

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近藤心音の学歴・出身校|中学・高校・大学までの道のり

近藤心音選手がどのような教育環境で学び、アスリートとして成長してきたのか、学歴を詳しく見ていきましょう。

小学校時代|スキーとともに育つ

近藤選手の出身小学校については、具体的な学校名が公表されていないため不明です。ただし、長野県白馬村出身ということから、地元の公立小学校に通っていたものと思われます。

白馬村という日本有数のスキーリゾート地で、フリースキー界のレジェンドを父に持つ環境。小学生の頃から既に本格的にスキーに取り組み、父の指導の下で技術を磨いていったことでしょう。

幼少期の家族写真を見ると、スキーウェアを着た可愛らしい姿が確認できます。この頃から既に、将来のオリンピアンとしての片鱗を見せていたのかもしれませんね。

中学時代|白馬村立白馬中学校

中学時代は白馬村立白馬中学校に通っていました。地元の公立中学校で、ごく普通の中学生として学校生活を送りながら、週末や休暇を使ってスキーの練習に打ち込んでいたことでしょう。

この時期には既に国内外の大会に出場し始め、徐々に頭角を現していったものと思われます。中学生の頃から世界を見据えて活動していたんですね。

高校時代|白馬村立白馬高等学校とNHK学園高校

高校は、白馬村立白馬高等学校に進学しました。その後、競技活動との両立のため、NHK学園高等学校(通信制)にも在籍していたようです。

白馬高校はスキー競技に理解があり、多くのスキー選手を輩出している学校。近藤選手もここで学業と競技の両立に励みました。

高校時代の大きな出来事は、2018年の平昌オリンピックです。当時15歳だった近藤選手は、年齢がたった2か月足りず、日本代表入りを逃してしまいます。オリンピックの出場資格を得るためには大会開催時点で16歳以上である必要があり、わずか2か月の差で夢が破れたのです。

この悔しさが、その後の4年間、北京五輪に向けての原動力になったに違いありません。

高校卒業後|プロアスリートとしての道

高校卒業後、近藤選手は大学には進学せず、プロのフリースタイルスキーヤーとしての道を選びました。2021年にはオリエンタルバイオ株式会社と所属契約を締結し、企業のサポートを受けながら競技に専念できる環境を整えました。

大学進学という選択肢もあったでしょうが、平昌五輪を逃した悔しさ、そして北京五輪への強い想いが、プロとして競技に集中する道を選ばせたのでしょう。

2021年の世界選手権ではスロープスタイル9位、ビッグエア15位という好成績を収め、2022年の北京五輪代表に選出。18歳での初オリンピックは決勝前の怪我で無念の結果となりましたが、その経験を糧に、2026年のミラノ五輪に向けて着実に成長を続けています。

オリエンタルバイオという企業のサポートのもと、個人の夢や可能性を追い求める環境で、日々トレーニングに励む近藤選手。学業よりも競技に全力を注ぐという選択は、彼女の強い決意の表れです。

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まとめ

長野県白馬村から世界へ──近藤心音選手の歩みは、フリースキー界のレジェンドである父を師として、幼い頃からスキーと共に生きてきた物語です。平昌五輪は年齢制限でわずか2か月足りず出場できず、北京五輪では決勝直前の大怪我で無念の欠場。しかし、その悔しさをバネに、2026年のミラノ五輪で見事に代表の座を掴み取りました。

プロフィールまとめ:
・2003年2月19日生まれ、長野県白馬村出身
・父は日本フリースキー界のレジェンド・近藤信さん
・白馬村立白馬中学校→白馬村立白馬高等学校(NHK学園高校)
・2018年平昌五輪は年齢制限で出場できず(2か月不足)
・2022年北京五輪は決勝前の怪我で無念の欠場
・2026年ミラノ・コルティナ五輪日本代表内定(リベンジの舞台へ)
・オリエンタルバイオ所属

今は北京での悔しさを晴らすリベンジの舞台に全集中している時期。「挑戦の数だけ、未来は変わる」──本人の言葉通り、これまでの挫折と挑戦の積み重ねが、ミラノの舞台で花開くことを期待しましょう。

父の背中を追いかけ、二度の悔しさを乗り越えて掴んだオリンピックの舞台。近藤心音選手のミラノ五輪での活躍を、みんなで応援しましょう!

ということで、近藤心音選手の両親(父母)や兄弟姉妹、彼氏や結婚の噂、学歴や出身校(中学高校大学)についてご紹介しました。

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