鍵山優真(かぎやま ゆうま)選手が2026年2月6日から22日まで開催される2026年ミラノ・コルティナダンペッツォオリンピック (第25回オリンピック冬季競技大会)の日本代表に内定しました。
北京オリンピックで銀メダルを獲得し、日本フィギュアスケート界の期待を一身に背負う鍵山優真選手。氷上での華麗な演技の裏には、家族の深い絆と支えがありました。
「父と二人三脚でここまで来た」と語る鍵山選手ですが、実は彼の家族にはあまり知られていないストーリーがたくさんあるんです。今回は、鍵山優真選手を支える家族について、詳しくご紹介していきますね。
ということで、鍵山優真選手の両親(父母)の離婚理由や兄弟姉妹、祖母と苗字が違う理由についてご紹介します。
鍵山優真の両親(父母)の離婚理由は?
鍵山優真選手の両親(父母)の離婚理由についてご紹介します。
まず気になるのは、鍵山選手のご両親のこと。実は鍵山選手は父子家庭で育ったんです。でも、その背景には深い事情がありました。
父・鍵山正和 – 二度のオリンピック出場を果たした元トップスケーター
鍵山優真選手の父親は、鍵山正和さん(1971年生まれ)。現在は息子のコーチとして知られていますが、実は父親自身が輝かしい経歴を持つ元フィギュアスケート選手なんです。
1992年のアルベールビルオリンピック、そして1994年のリレハンメルオリンピックと、二大会連続で日本代表として出場。
さらに、日本人として初めて4回転ジャンプに挑戦した革新的なスケーターでもありました。

1990年からは全日本選手権で3連覇を達成するなど、まさに日本フィギュア界のパイオニアだったんですね。
現役引退後は各地のスケートリンクでコーチとして活動。そして2003年、長男・優真選手が誕生します。
優真選手が5歳の時、父親が勤めていた富山スケートセンターに連れて行ったのが、すべての始まりでした。
「最初は自由に滑らせていただけでしたが、次第に本格的な指導を始めました」と語る正和さん。それから今日まで、ずっと息子のコーチを務めているんです。親子でありながら師弟でもあるという、特別な関係ですよね。
母親について – 一般の方で詳細は非公開
一方、鍵山優真選手の母親については、一般の方ということもあり、お名前や詳しい情報は公開されていません。
報道によると、正和さんには離婚歴があり、シングルファザーとして優真選手を育ててきたことが明らかになっています。
母親は優真選手の姉と弟を引き取り、優真選手は父親のもとで育ちました。
幼少期から現在まで、鍵山選手の公の場での発言に母親の話題が出てこないことから、おそらく優真選手がスケートを本格的に始めた頃には、すでにご両親は離婚されていたのではないかと推測されます。
両親の離婚理由と時期 – プライバシーに配慮された非公開情報
ご両親の離婚理由や具体的な時期については、公式に発表されたことはありません。これはご家族のプライバシーに関わることなので、当然といえば当然ですよね。
ただ、報道では正和さんが「二度の離婚を経験」と伝えられており、優真選手の母親が一度目の結婚相手なのか、二度目の結婚相手なのかも明確にはされていません。
何よりも重要なのは、離婚後も父親として、そしてコーチとして、正和さんが優真選手を全力でサポートし続けてきたという事実です。「父ひとり子ひとり」の生活が、二人の強い絆を育んでいったんですね。
朝の食事の準備から、練習への送迎、さらには家事全般まで、正和さんが一手に引き受けていました。中学3年の時には、車の中で1時間半から2時間もかけて、スケートについて真剣に話し合ったこともあったそうです。
「実のない練習をするとすごく怒る」という正和さんですが、祖母の佐治子さんによれば、「ふとした時に優真を見る目がすごく優しい」とのこと。厳しさと優しさ、両方で息子を見守ってきたんですね。
鍵山優真に兄弟姉妹はいる?家族構成の全貌
鍵山優真選手に兄弟姉妹はいるのか?家族構成の全貌についてご紹介します。
「鍵山選手って一人っ子なの?」と思っている方も多いかもしれませんが、実は兄弟がいるんです。
姉と弟がいる3人兄弟 – でも一緒には暮らしていない
鍵山優真選手には、姉が一人、弟が一人います。つまり3人兄弟なんですね。
ただし、前述の通り、ご両親の離婚後、優真選手は父親に、姉と弟は母親に引き取られました。そのため、兄弟が一緒に暮らすことはなかったようです。
姉と弟については、一般の方ということで、お名前や年齢、現在の様子などは一切公開されていません。プライバシーを守るための配慮ですね。
ただ、週刊文春の記事によると、「物心ついた時にはスケート靴を履いていたが、姉や友だちと無邪気にリンクを駆け回る、ごく普通の少年だった」という証言があります。
つまり、少なくとも幼少期には、姉と一緒にスケートリンクで遊んでいた時期があったということですね。
一人っ子として育った環境 – 父と二人三脚の日々
離婚後、優真選手は実質的に「一人っ子」として父親と二人で暮らすことになりました。
これは鍵山選手にとって、良い意味でも大変な意味でも、大きな影響を与えたと思います。
父親の愛情と指導を一身に受けながら、同時に早くから自立心も育まれていったんですね。
「教えてもらえるのが当たり前になっているんじゃないか」「時間を大切にしていない」――そう感じた正和さんが、練習に身が入らない息子を駐車場の車中で2時間も説教したこともあったそうです。今となっては笑い話かもしれませんが、当時の二人は真剣そのものだったでしょうね。

でも、この父子の関係が大きく変わる出来事が、2018年に起こります。正和さんが脳出血で倒れてしまったんです。
優真選手は当時中学3年生。突然、頼りにしていた父親がいなくなり、一人で練習メニューを考え、自分で滑らなければならなくなりました。
「僕が頑張れば、お父さんの病気も治る」――そう信じて、練習動画を病床の父に送り続けたそうです。
半年後にリハビリを続けながらリンクに戻ってきた正和さんは、見違えるほどたくましくなった息子の姿に驚いたといいます。ピンチを乗り越えて、優真選手は本当の意味で自立したんですね。
鍵山優真と祖母の苗字が違う理由
鍵山優真選手と祖母の苗字が違う理由についてご紹介します。
鍵山選手の家族の話で、多くの人が「あれ?」と思うのが、祖母の苗字です。
鍵山優真選手の父親は「鍵山」正和さんなのに、その母親(優真選手の祖母)は「平川」佐治子さん。なぜ苗字が違うのでしょうか?
祖母・平川佐治子 – スケート一家の始まりを作った人
鍵山優真選手の祖母は、平川佐治子(ひらかわさちこ)さん(現在73歳、名古屋市緑区在住)。実は、鍵山一家のスケート人生を始めたのは、この佐治子さんなんです。
佐治子さん自身が30代になってから名古屋市内のリンクでスケートを習い始め、「こんな面白いスポーツはない」と夢中になりました。

そして当時小学2年生だった息子の正和さんをリンクに連れて行ったところ、先生に「この子はちょっといいかもしれない」と目をかけられ、本格的にフィギュアスケートの道へ進むことになったんです。
当時、一般的な習い事の月謝が4,000〜5,000円だった時代に、フィギュアスケートは月3万円。
母子家庭だった佐治子さんにとって、これは決して安い金額ではありませんでした。
それでも「正和を必ずオリンピックに出す」と信じて、必死に働き、夜中には手作りの衣装にスパンコールを一個ずつ縫い付けたそうです。
その努力が実を結び、正和さんは二度のオリンピック出場を果たしました。そして今度は孫の優真選手もオリンピアンに。まさに「二世代オリンピアン」を育てたスーパーおばあちゃんなんですね!
苗字が異なる理由 – 再婚による苗字の変更
それでは、なぜ祖母の苗字が「鍵山」ではなく「平川」なのでしょうか?
これは単純に、佐治子さんが再婚されたためと考えられます。
報道によると、佐治子さんは息子の正和さんを「母子家庭」で育てたとされています。つまり、正和さんが幼い頃、佐治子さんはシングルマザーだったということです。
その後、佐治子さんは再婚され、「平川」姓になったと推測されます。一方、息子の正和さんは成人していたため、「鍵山」姓のままだったと考えられるんですね。
日本の法律では、結婚すると夫婦のどちらかの姓に統一しなければなりませんが、すでに成人している子どもは自動的に親の新しい姓になるわけではありません。
ですから、正和さんは「鍵山」姓を名乗り続け、その息子である優真選手も「鍵山」姓を受け継いだというわけです。
ちなみに、佐治子さんがいつ頃再婚されたのか、お相手がどなたなのかといった詳細は公表されていません。これもご家族のプライバシーですから、そっと見守りたいですね。
祖母との深い絆 – 父が倒れた時に支えた「母親代わり」
佐治子さんと優真選手の関係は、単なる「おばあちゃんと孫」という枠を超えています。
2018年、正和さんが脳出血で倒れた時、当時中学3年生だった優真選手の生活を支えるため、佐治子さんは名古屋から横浜へ。「”母親”になる覚悟を決めた」と語っています。
朝4時に起きて早朝練習へ送り出し、弁当を用意して学校へ送る。さらに隔日で愛知の病院へ日帰りで通い、正和さんの見舞いにも行く――この生活が約5か月続いたそうです。「大変でした。パスポートを取ってあげたり、お見舞いに行ったり」と振り返る佐治子さん。
野菜嫌いだった優真選手のために、好物のハンバーグに野菜を細かく刻んで混ぜて食べさせる工夫もしていたとか。こういう細やかな気配りが、思春期の少年を支えたんでしょうね。
「正和は優真の顔を見ると元気になったんです」という佐治子さんの言葉からは、親子三世代の深い愛情が伝わってきます。
今でも佐治子さんは、優真選手の国内試合はすべて観戦に行っているそうです。「スケーティングはもちろん、ジャンプとか、ふとした時の表情、もうそっくり」と、リンクを滑る孫の姿に息子の正和さんを重ね合わせているんですね。
北京オリンピックでは、「五輪がかかった昨年末の全日本選手権の初日は、胸がどきどきで最初のジャンプまで見られなかった」というほど緊張していた佐治子さん。でも優真選手が銀メダルを獲得した時は、本当に嬉しかったでしょうね。
まとめ
鍵山優真選手の家族構成についてご紹介してきましたが、いかがでしたか?
改めて整理すると、優真選手の家族は以下の通りです。
父親:鍵山正和さん(元オリンピック選手、現在はコーチ)
母親:一般の方(離婚後、姉と弟を引き取る)
祖母:平川佐治子さん(二世代のオリンピアンを育てたスーパーおばあちゃん)
兄弟:姉一人、弟一人(ともに母親のもとで生活)
一見複雑に見える家族構成ですが、そこには深い愛情と絆がありました。
父・正和さんは、元オリンピック選手としての経験を活かしながら、シングルファザーとして息子を育て、同時にコーチとして厳しく指導してきました。脳出血という試練に見舞われながらも、今なお息子を支え続けています。
祖母・佐治子さんは、息子の正和さんをオリンピック選手に育て上げ、さらに孫の優真選手が困難に直面した時には「母親代わり」として支えました。平川という違う苗字であっても、血のつながりと愛情に変わりはありません。
そして優真選手自身も、父の病をきっかけに大きく成長し、「僕が頑張れば、お父さんの病気も治る」という強い思いを胸に、世界レベルのスケーターへと成長していきました。
現在も正和さんはリハビリを続けながら、息子のコーチとして氷上に立っています。優真選手は「先生を変えようと思ったことは一度もない。ずっと一緒にスケートをしてきたので、自分が成長した姿を大舞台で見せたい」と語っています。
これからも鍵山優真選手の活躍を、家族全員で支えていくことでしょう。そして私たちファンも、この素敵な家族のストーリーを知った上で、より一層応援していきたいですね!
今後の鍵山優真選手の更なる飛躍に、大いに期待しましょう!
ということで、鍵山優真選手の両親(父母)の離婚理由や兄弟姉妹、祖母と苗字が違う理由についてご紹介しました。