出来島桃子

出来島桃子の両親(父母)兄弟・彼氏や結婚は?学歴や出身校(中学高校大学)も

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クロスカントリースキー・バイアスロン選手の出来島桃子(できじまももこ)選手が2026年 ミラノ・コルティナパラリンピックの日本代表に内定しました。

50歳を超えてなお現役を続けており、活躍が期待されています。

ということで、出来島桃子選手の両親(父母)や兄弟姉妹、彼氏や結婚の噂、学歴や出身校(中学高校大学)についてご紹介します。

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出来島桃子のプロフィール・経歴

出来島桃子選手は、1974年6月24日に新潟県新潟市西区で生まれたクロスカントリースキー・バイアスロン選手です。
20歳のときに悪性腫瘍の摘出手術を受けた影響で右腕が不自由になりましたが、その後の努力でパラリンピック6大会連続出場という偉業を達成しました!

競技を始めたのは1999年3月。
地元の新聞が募集していた障がい者向けのスキー体験イベントに参加したことがきっかけでした。
すると、わずか3年後の2002年にはワールドカップ初出場を果たし、2006年のトリノパラリンピックでパラリンピックデビューを飾ります。

パラリンピックでの輝かしい戦績

出来島桃子選手のパラリンピック出場歴は圧巻です。

2006年 トリノパラリンピックでは、クロスカントリー女子5kmで14位、15kmで13位、リレーで5位という結果を残しました。
その後、2007年からバイアスロン競技も開始
クロスカントリースキーのフリー走法と射撃を組み合わせたこの過酷な競技で、持久力と集中力を武器に数々の国際大会で入賞を果たします。

2010年 バンクーバーパラリンピックでは、リレーで再び5位入賞。
2014年 ソチパラリンピックでは、クロスカントリー女子5kmフリーで6位入賞、混合10kmリレーで4位と、メダルに肉薄する活躍を見せました。

2018年 平昌パラリンピックでは女子15kmフリーで7位、混合10kmリレーで4位。
2022年 北京パラリンピックでは47歳という年齢でありながら5種目に出場し、バイアスロン女子10kmで10位入賞を果たしました。

そして2026年 ミラノ・コルティナパラリンピックの日本代表にも内定し、6大会連続出場という偉業を達成しました!
50歳を超えてなお現役を続ける姿勢は、多くの若手選手に刺激を与えています。

公務員パラリンピアンとして

出来島桃子選手の最大の特徴は、新発田市役所に勤務しながら競技生活を送っているという点です(現在は東京品川病院所属)。
アスリート雇用の選手と比べるとトレーニング時間は限られますが、「自己管理能力が高い選手だからできること」とヘッドコーチからも高く評価されています。
時間を見つけて継続的に練習する力、しっかりと体を自己管理する能力があるからこそ、51歳という年齢でも第一線で活躍できるのですね。

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出来島桃子の両親(父母)や兄弟姉妹

出来島桃子選手の家族構成については、公式に詳しい情報は公開されていません
ご両親や兄弟姉妹についての具体的な情報は確認できませんでしたが、新潟県新潟市西区出身ということから、地元で家族のサポートを受けながら成長してきたことが伺えます。

20歳という若さで悪性腫瘍の手術を受け、右腕が不自由になるという困難に直面した際も、家族の支えがあったからこそ前向きに競技に取り組むことができたのではないでしょうか。

公務員として働きながら20年以上も競技を続けてこられたのは、家族をはじめとする周囲の理解と応援があったからこそ。
詳細は明かされていませんが、その陰には必ず支えてくれる家族の存在があったはずです。

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出来島桃子の彼氏や結婚・夫や子供の噂

出来島桃子選手は2026年2月現在51歳ですが、彼氏や結婚、夫、子供についての公式な情報は一切ありません
プライベートについてはほとんど公表されておらず、競技と仕事に専念している様子が伺えます。

47歳で出場した北京パラリンピックでは、射撃の精度を高めるために低酸素テントを自宅に購入したり、コロナ禍で公共施設が使えない期間もランニングや体幹トレーニングを欠かさなかったりと、ストイックな姿勢を貫いてきました。
「呼吸1つ分タイムを縮めるために」射撃の呼吸方法まで変更するなど、細部にまでこだわる努力家です。

出来島桃子 結婚

結婚や恋愛の噂はありませんが、それだけ競技に打ち込んできた証とも言えますね。
「1年1年やってきて、その積み上げが5回続いた感じ」と語る彼女の言葉からは、競技に対する真摯な姿勢が伝わってきます。

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出来島桃子の学歴や出身校(中学・高校・大学)

出来島桃子選手の学歴については、以下の通りです。

中学校

中学校名については具体的な情報が公開されていませんが、新潟県内の中学校に通っていたことが確認できています。

高校

新潟県立新潟南高等学校を卒業しています。
新潟南高校は新潟市南区にある公立高校で、学業に励む傍ら、高校時代はまだスキーを始める前でした。

大学

高校卒業後は新潟大学工学部に入学。
理系の道を選び、工学部で専門的な知識を学びました。

しかし、大学在学中の20歳のときに悪性腫瘍の摘出手術を受け、その影響で右腕が不自由になるという人生の大きな転機を迎えます。
それでも大学は無事に卒業し、公務員試験に合格。新発田市役所に就職し、長年公務員として働きながら競技を続けてきました。

出来島桃子 出身校

「理系出身で論理的に物事を考える力」と「公務員として培った自己管理能力」が、競技生活においても大きな武器になっているのかもしれませんね!

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まとめ

出来島桃子選手は、20歳で悪性腫瘍の手術を受け右腕が不自由になりながらも、25歳でクロスカントリースキーを始め、わずか3年後にワールドカップ初出場、7年後にパラリンピック初出場を果たした実力派アスリートです。

新発田市役所(現在は東京品川病院所属)に勤務しながら競技を続け、トリノ、バンクーバー、ソチ、平昌、北京、そしてミラノ・コルティナと6大会連続出場という偉業を達成。
50歳を超えてなお、「やりきった」という悔いのないレースを追求し続ける姿は、年齢に関係なく前へ突き進む勇気を私たちに与えてくれます。

2014年のソチ大会では運営側のミスで7位に沈み、「もやもやした気持ちが残った」と競技続行を決意。
その後も射撃の呼吸方法を変更したり、低酸素テントを購入したりと、細部にまでこだわる努力を重ねてきました。

公務員パラリンピアンとして、限られた時間の中で最大限のパフォーマンスを発揮する出来島桃子選手
その挑戦はまだまだ続きます!

ということで、出来島桃子(できじまももこ)選手の両親(父母)や兄弟姉妹、彼氏や結婚の噂、学歴や出身校(中学高校大学)についてご紹介しました。

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