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アベベ.ベキラ選手の息子さんとの出会い

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アジスでの大きな思い出は、故アベベ・ベキラ選手の息子さんに帰国一か月前にお会いできたことです。アベベ選手は、ローマオリンピック、東京オリンピックのマラソンで2連覇し、今でもマラソンで2連覇した選手はアベベ選手以外にはいません。ローマオリンピックで「裸足のランナー」として世界に名を馳せました。エチオピアの長距離王国を築いた先駆者で今でもエチオピアでは英雄です。なぜ、息子さんに会うことができたのか。日本を発つ前に、アべべ選手の家族を探し出し、東京オリンピックの雄姿の写真を是非プレゼントしたいと写真を持って行ったからです。まず、アベベ選手のお墓の場所を聞いて、その方面行のバスに乗り、車内で聞いて、下車し付近でお墓の場所を尋ねているうち、親切にお墓まで案内してくれる人に出あいました。墓地に入って一目でアベベ選手のお墓とわかりました。墓地の中で走っている雄姿が立っているお墓がひときわ目立つからです。大きさが1m以上もある裸足の足型も3歩あります。これには驚きました。その後案内してくれた人が親切に、アベベ選手の家族に連絡が取れるように聞き込みをしてくれました。聞き込んだ場所に行き、そこでまた別の場所を紹介してくれ、これを繰り返し、数ケ所尋ねているうちに、アベベ選手の息子さんの知り合いという人と会うことが出来ました。その人とあるホテルで会い、アベベ選手の息子さんと連絡が取れ、面会が実現しました。ホテルのロビーで息子さんを待っている間は緊張しました。緊張が続くうちに本人と思われる人が現れ、互いに声をかけました。息子さんと握手をし感動に包まれました。実現したのです。緊張が解け話しているうちに、家に来るように招待してくれました。韓国製の真っ赤な新車で迎えに来てくれていたのです。大変な金持ちの様です。エチオピアで新車の外車に乗れるのは相当な金持ち以外にはないからです。家に案内され、また驚きました。新築の様にきれいで清潔で、大きなTV、ピアノがあり、壁にはお父さんのオリンピックの雄姿が等身大ともいえる大きな写真で貼ってありました。私が持参したのははがき大で、恥かしい思いをしましたが、快く受け取ってくれました。いろいろな話ができました。息子さんは東京オリンピックで円谷選手が銅メダルをとったことを知っており、さらに4年後自殺したことも知っていました。今、日本人で円谷選手の名前、銅メダルをとったことを知らない人が多く、自殺したことを知っている人は少ないと思います。息子さんは言います。「父の偉業はエチオピアでは学校で教えている。日本人はなぜ教えないのか」と、エチオピアでは世界大会で金メダルをとることは今もサクセスストーリーです。日本とは環境が大きく違うので、比較することはできませんが、日本のようにメダルをとった時だけちやほやし、あら捜しにも熱心になる一部の報道、それに興味を示す国民の意識は考え直すべきでしょう。息子さんは安倍首相がアフリカを訪問した時に懇談した人でもあり、日本への関心が深くヒロシマ・ナガサキの原爆、東北地震の津波の関係の本も持っていました。東京オリンピックで家族と一緒に撮っていると紹介してあった写真も持参しましたが、実は家族ではなく、他のアフリカの選手の家族が記念にアベベ選手と一緒に撮ったものでした。他のエチオピア人にも見せましたが、皆、映っている奥さんはエチオピア人ではなく、アフリカンと言います。日本人にはよくわかりませんでしたが、エチオピア人にはアラブ系の血が混じっており、黒人とは違い、どうやらエチオピア人の優越感の現われのようでもありました。お昼にはビールとインジェラ(国民食)をご馳走になり、エチオピアでの夢が一つ実現し、息子さんの手厚いおもてなしに感謝しました。

アベベ選手のお墓      足のレリーフ     清潔なリビング

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