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首都アジスの生活

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外務省発表(2012年)によるエチオピアの経済成長率は約10%と高く、都市の失業率は約5.4%と低くアフリカの優等生ともいえる発展ぶりです。しかし、1日1ドル未満で生活する人口の割合は31%もあり、国民の多くは貧困状態にあり、経済成長の果実が一般国民には渡っていないことを現しています。仕事を求めて都会に流れてきたものも、仕事にありつけず都市部でも貧富の格差が広がっています。開発途上国によくある光景が見られます。

アジスアベバは開発ラッシュで高層ビルの建設が進んでいます。ビル建築中の現場を見ると、セメントを流し込んで建造していくのではなく、ブロックを積み上げて高くし、ブロックには鉄筋が入っていなく、鉄筋が入っているのは柱のところだけのようです。もし、震度6弱の地震が発生すると倒壊するのではないかと不安になります。道路のいたるところが掘り返されて工事が進み、歩行者への安全の配慮は全くなく、資材や余分な土砂を片付けることなく放置してあるので、工事現場の足元は常に注意が必要です。橋梁の下を歩く時には頭上からの落下物に注意が必要なほどです。アスファルト道路はエチオピア全土、中国による舗装です。中国は舗装の技術をエチオピアに伝える(技術移転)ことがなく、時には作業員も中国から連れてきて工事を進め、道路整備という点ではアクセス整備に貢献をしていますが、人材育成という点では、貢献はしていないと言われています。現在エチオピアに滞在する中国人は約12万人で日本人はわずかに300名以下です。中国の海外進出は日本のような単身赴任ではなく、食を中国風にするために大量に食材を取り入れ、商店を経営し、中国人経営の中華レストランを作り、中国人コミュニティを作るのが彼らの海外進出の方法です。彼らは金儲けという明確なビジョンを持っています。それが中国風のやり方です。その方法を批判するのは簡単ですが、世界を席巻しつつあることは事実なので、中国に対抗するビジョンを持たないと中国の思い通りに事は進んでいきます。エチオピアだけでなく、アフリカ全土で、どこの開発途上国でも東洋人を見ると「チャイナ」と呼ぶといいます。それだけ中国の影響が大きいことが分かります。語気から相手への思いが伝わってきますが、中にはバカにするかのように「チャイナ」と呼ぶこともあります。よく話を聞くと中国製品は品質が悪いといい、日本製品はクォリティが高いとも言ってくれます。日本人と知ると態度が急に変わります。車の9割は日本の中古車で、乗用車の大部分はトヨタ、大型車はイスズです。いかに日本車の性能が良いのかよくわかります。聞くところによると、中近東の業者が日本で買い付け販売しているといいます。車には日本語の幼稚園や施設名の表示が残り、突然「左に回ります」という日本語が聞こえてくることもあります。思わぬ日本との再会で苦笑します。デジカメ、TVなどは日本製が普及し、日本の中古車に乗っていてもなぜ、日本製品が「日本人」と結びつかないのか、よく日本人は顔が見えないといわれることを実感します。

建設ラッシュ          ブロック積み

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工事中の道路          蓋のないマンホール(夜間危険)

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交通ラッシュもひどく、横断歩道はあっても信号がないので(あっても点灯はしなく)、車の間をぬって走り抜けなければならず、慣れるまでは命がけの道路横断です。車は後ろを見ずにバックして来ることもよくあり、とにかく自分で安全を確かめながら車の間をぬうように渡る毎日で、自分の安全は自分で守るという意識を徹底しなければなりません。市民の足は、ミニバスが多く、古いトヨタのワゴン車が使われています。白青のツートンカラーで、すぐにわかり、車掌が上半身を乗り出し、行先を連呼しながら走っていきます。停留所も大体の場所が決まっているだけで、行先を確認して乗車し、ミニバスの利用に不自由がなくなればエチオピアの生活に慣れたといってもいいほどです。ミニバスの車内は座席を改良し、日本で12人乗りであれば、18人ぐらいは乗せて走ります。車掌は手にお札の束を握り、客の行先を聞き、釣銭を間違えることなく、手際よく捌いていきます。計算の苦手なエチオピア人の中で車掌さんは暗算に長けており感心します。中には少年が車掌をやっていることもあります。大きな荷物を持って乗車しても、他の客が文句を言うことはなく、それどころか、少しでも隙間を作り、座りやすいように誘導してくれ、お互いの譲り合う配慮には感心します。しかし、注意すべきは時々、車内での窃盗もあり、荷物から財布を抜き取られたり、スリの被害に遭うこともあります。中古のタクシーも走っています。ドアがまともに閉まらず鉄錆が酷く、シートベルトはなく、座席もボロボロでただ走るだけというタクシーもありますが、運賃がミニバスの20倍以上はするので庶民が足代わりに使うことはありません。タクシーは1日客を5人とれば贅沢な生活ができるほどです。エチオピアの交通手段は徒歩30分ぐらいの近い所であれば皆歩きです。都会でも田舎でも朝から多くの人々が歩き活気があるようには見えます。民家は富裕層と庶民のバラック建てがはっきり分かれ、富裕層の邸宅は日本でもあまり見られない立派な建物で、塀に囲まれガードマンが常駐しています。官僚か実業家が住んでいるようです。庶民の家はバラック建てでトタンで囲っただけの粗末なものですが、トタンで塀をつくり防犯には注意しているようです。窓には格子を付け、昼でもカーテンを閉め、なぜカーテンを開けて光を入れないのか聞くと防犯のためだと言います。部屋の中は昼でも薄暗いのが普通です。日本人の感覚とは大きく違います。

エチオピアは家畜が多く、牛はアフリカで一番多いといいます。アジスの大都会でも脇道に入ると羊の群れによく出会います。羊は肉用で、なめした皮を干している光景が良く見られます。

交通ラッシュ       ミニバス          タクシー

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富裕層の邸宅              庶民のバラック家

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羊の群れ               なめし皮

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子どもたちは靴磨きや物売りなどでよく働いています。公立小学校は平日でも半ドンなので働く時間はたっぷりあるようで、少しでも家計を助けているようです。しかし、その子供たちにも用心しなければなりません。都会には観光客から盗みをする子供も多く、その手口は写真にあるように、複数で腕に持った箱を外国人のポケットに近づけ、気をそらしている隙に他の者がポケットやバックから財布や携帯を盗みます。私も狙われましたが、手口を知っていたのでそのような時は日本語で「こらッ」と叫ぶとびっくりして退散します。このような子供の行為を咎める大人が少ないのが問題です(写真の子供は悪いことはしていません)。物乞いも多く、すぐに近づいてきてお金をせがみます。親子連れは、親が子供に指令を出して、子供がしつこく付き纏い閉口します。障害者の物乞いもよく見かけます。自分で来たとは思えなく、手配師がいて朝晩送り迎えをしているようです。物乞いは生業になっており一日座っていれば、その日の食べ物には困らない程度は稼いでいるようです。富める者が貧しい者を助けることは、当然という意識が国民の中に残っており、戦後の日本を見ているような気になります。貧しくとも生きるために一生懸命になっている姿が伝わってきます。町でアルコールで潰れている人は2年間いて一度も見たことがありません。

靴磨き          物売りの少年         物乞い

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