MENU

貧しい農家の暮らし

  • HOME »
  • 貧しい農家の暮らし

下の写真は少女とその弟が何かを拾っている場面である。エチオピアの普通の農家を代表する写真である。この光景はミレーの落穂拾いを思い出させた。農家の人々が少しでも生活の糧にするために集覚悟の畑から落穂を拾い集めている光景と同じなのである。近かづいて確認すると少女が拾っていたのは牛糞であった。弟は袋に集めているのである。エチオピアは牛の放牧が多く、至る所に牛糞が落ちている。女性たちも牛糞集めを日課としている。皆笑顔で貧しくても貧相という印象はない。

薪拾いをする子供 木を伐採した後に残る端材を拾い集めている。家庭用燃料にするためである。働いているのは、女性と小さな子供で、男は見られない。

家庭用燃料の最も多いのは、都市部でも地方でもで、都市部では購入し、地方部では拾い集めることが多い。次に多いのは都市部では木炭で購入する。地方では落ち葉や糞が多い。地方では、薪、落ち葉、糞が多く、多くは購入せずに自給自足である。木炭の需要はコヒーセレモニーに欠かすことはできない。エチオピアの森ははげ山が多いが、人口増加、燃料の需要から森林の破壊が進んでいることが理解出来る。森林面積は2000年は12.5%で、2005年は11.9%、2010年は11.2%と減少している。

農家 初めて見た時は、これまでTVでしか見たことのないアフリカの貧しい暮らしを目の当たりにしてショックを受けた。泥の掘っ建て小屋とおなじではないか。でもこの家がエチオピアの普通の農家の暮らしなのである。人口の8割ちかくが農家で、このような暮らしをしている人たちが多い。家畜と共に暮らし笑顔を絶やさずよそ者も受け入れてくれる。家の中は、家具と言えるものはなく、小さなテーブルと長椅子だけである。穀物(テフ)入った袋が積み上げられ、壁に貼ってあるキリスト教の肖像絵が色鮮やかで目立つ。家族の写真を撮ろうとするとキリスト教の肖像画を持ってきて一緒に撮った。多くの人たちが毎朝祈りに教会を訪れる。宗教が大きな支えになり、祈ることしかできないのである。祈りの時間の大切さを少しでも理解しようと、キリスト教徒でもない私は、エチオピアの人の心に少しでも近づきたいと思い、1ケ月以上毎朝教会に通ってみた。にわか教徒がわかる訳でもないが同じような生活をすることは無駄ではなかった。エチオピアのキリスト教徒は約6割、ムスリムが3割であるという。

 

PAGETOP
Copyright © エチオピア滞在記と佐鳴湖 All Rights Reserved.
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.