ボランティ放浪記と題して 多くの国々にJICA、NPOボランティアで活躍された方の話を聞きました。要点をお話しします。ヨルダンについてです。

イスラム教のスン二派が92%と多く、シーア派は少ない。国王の権力が絶大な王政国家で、国民が国王を慕っているという。これまでヨローッパ列強からの侵略がなかったのは、国に資源がないからという。石油、天然ガスなど資源が豊富な国はヨーロッパ列強の餌食になった。ローマ帝国繁栄時代のぺトラ遺跡は、世界遺産で何度訪れても見飽きしない素晴らしい遺跡という。国民はアラブ人で、半数余りは中東戦争のパレスチナ難民とその子孫で、難民村で生活をしている。国内のスン二派とシーア派の対立は根強く表面的には穏やかに交流しているように見えても、本音では互いに批判の応酬をしている。理由は同じイスラム教の宗教観の違いではなく、経済的、政治的な立場の違い、国内における力関係の違いが、宗派の対立として現れているようである。スンニ派は礼拝を1日5回行い、腕を組んで礼拝する。シーア派は1日3回で腕を組まずに体の横に付けて礼拝する。礼拝の仕方が違うので宗派の違いがわかるという。礼拝を何よりも最優先しているので、仕事中、商談中であっても、モスクからコーランの放送が流れると、すぐに仕事をストップして礼拝に行く。そうしないと周りから信心の深さを疑われるからだという。

ヨルダンの難民キャンプは規模が大きく、多くの国からボランティアが入り、支援活動をしている。イギリスやフランスが空爆を始めるとその国のボランティアはすぐに帰国した。ISから身を守るためである。そのような中で日本のボランティアは帰国することなく、支援活動を続けることができた。それは、これまでの日本のボランティア活動が難民村で受け入れられ、何年にもわたり継続し信頼関係ができていたからだという。日本は中東諸国と争いの歴史はない。お互いに歴史上わだかまりがないことは重要なことである。この日本の利点を生かした支援の在り方を考える必要がある。西側諸国と連携するばかりが日本の中東への支援ではない。