豊洲市場建設計画では、盛り土にすることが安全性を確保する方法だと専門家は提言していたが、専門家会議の元座長は、「会議はあくまで提言なので、どうとらえるかは東京都の判断」とまるで他人事のような発言をしている。専門家会議は安全を確保するために盛り土が必要であることを確信をもって提言したはずである。それが覆されたことに反論をしないのは、専門家としてプライドを持っているのか、専門家会議は何のためにあるのか、疑いたくなる。

ある科学者はブログで、専門家会議の提案はあくまで参考意見であり、最終的な意志決定は科学的根拠に基づいて東京都が行い、政治家が責任を持てばよい、建設業界では専門委員会の提案が却下されることはごく普通のことだと、さらに、それを知らないのは世間知らずだとも言っている。マスメディアや一般国民は皆世間知らずということになるが、一部の科学者しか知らないことが、世間知らずになるはずもない。科学的根拠を持って提案したことを、否定する行政に対して、科学者が無力であれば、それは行政や政治家に都合よく使われることにもなりかねない。

日本初の福島第一原発の設計では、当時の技術者は、地下に非常用電源を備えるのは、津波被害を考えると危険なので、地下には設置しないことを提案していたが、当時指導していた米国のGM社はこれを認めず、GM社のサインがないと原発建設が進まないので、東電の経営陣は地下に設置することを承認した。国策としての原発なので東電だけで決めたのではなく、当時の政権も了解したに違いない。専門家の地下設置の設計は、津波被害に対する科学的根拠があったのであり、科学的根拠を政治力によって否定したことになる。もし、陸地に非常用電源が設置されていれば、事故災害が軽減していたことは言うまでもない。

科学的根拠にも見解の相違があり絶対的なものではないが、専門家会議の総意の決定はもっと重視されなければならない。行政には、専門家会議が併設され、専門家の意見、提言を聞いて、最終的には行政の長が決定するが、その過程で、科学者の見解が、行政の意思決定にどのように反映されているのか。行政の意思決定の仕組みそのものに問題があるのではないか、見直す必要がある。また、科学者は自分たちの社会的立場をどのように捉えているのか、科学者自身が考え直し、発信する必要があるのではないか。