大川小学校の児童生徒が50分間もの間、避難先か決められずにいる間、一人の先生でも裏山に逃げようといって、走りだせば、児童はそれに連られ、迷っていた先生方も一斉に裏山に駆け出したに違いない。命に関わる極面でも管理職の判断に仰ごうとしたのはなぜか、なぜまず自分で決められなかったのか。硬直的な組織が引き起こした人災と言うしかない。避難先は高台というだけで具体的な場所は決めておらず、教職員の誰もこれを指摘していなかったのか。これでは命を守る防災マニュアルとは言えない。指導する市もその指摘をしていなかった訳である。釜石では小中学生の99.8%が助かった。日頃の避難訓練で避難先の高台が決められており、教員の指示を待つのではなく、いざという時は各自で一斉に高台を目指すことが決められていた。これが「津波てんでんこ」で、自分の命は自分で守るということを日ごろから訓練で経験しておき、東北地震で見事にその訓練が生きたのである。避難途中、幼稚園児やお年寄りに声をかけ、手を引きながら避難したという。大川小学校では「津波てんでんこ」という東北の言い伝えを踏まえた防災訓練がなぜなされていなかったのか。行政もなぜ指導をしていなかったのか検証する必要がある。