静岡文化芸術大学で、ロヒンギャ族を理解し、支援する映画上映会と避難しているロヒンギャ族の人の講演会があり、ロヒンギャ族について、私たちは理解を深めなければならないと思い、書いてみました。内容は映画と講演会を基にしています。

ミャンマーのロヒンギャ族の迫害は、多数を占める仏教徒の国民がロヒンギャ族を国民と認めない差別が本質である。ロヒンギャ族はイスラム教徒で仏教徒との対立が以前からあったが、1962年の軍政権になるまでは、ロヒンギャ族とラカイン族は 互いの立場、生活を認め共存していた。しかし、軍政権になってから、迫害、弾圧が強くなり、1982年には国籍法が制定され、ロヒンギャ族は国籍をはく奪された。多くの国民である仏教徒は、この軍政権による国籍法を認め、ロヒンギャ族をミャンマーの国民と認めないことに賛成している。しかし、学校の教科書には、ロヒンギャ族はミャンマー国民で、住民票には国民であることが記載されているのである。

アウンサンスーチー氏は、国民を軍政権から解放し、国内に平和が訪れることに期待して、圧倒的な支持を得て当選した。しかし、現在のミャンマーの政権は軍部が独立した立場にあり、内閣の主要ポストである内務総理、国防相、国境管理を軍人が占め、軍の影響が強く以前の状態と変わらないという。少数民族はスーチー氏に期待したが、今では諦めかけている。

アウンサンスーチー氏は、板挟みにある。それは、国際世論はロヒンギャ族を保護せよというが、国内では多数の国民がロヒンギャ族を迫害することに賛成しているからである。民主化とは多数の利益を優先し、少数を切り捨てても良いということでは断じてない。少数の基本的人権が保障される政策でなければ、真の民主政治とは言えない。スーチー氏は多数の仏教徒にロヒンギャ族の人権保障を認めるように国民に説得できなければ、いずれ信頼と支持を失い、軍政権に後戻りする恐れがある。日本はこのようなミャンマー政府をどのような理念を持って支援するのか。安倍政権は内政不干渉である。経済協力の支援だけにとどまっては、国際貢献とは言えない。