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新川の潮汐による水の移動

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―ブイの移動による新川水の佐鳴湖への流出流入調査―

辻野兼範

(静岡県立浜松北高等学校 教諭)

要約

放水路が開設される前の旧新川と開設後の放水路(新新川)からの流出と流入をブイを一潮汐追跡し調査したものである。調査の結果、上げ潮と下げ潮による潮位変動が同じ場合は、下げ潮で佐鳴湖から流出した水は、とびうお橋付近まで流下した後、上げ潮により遡上し、再び佐鳴湖に流入することが明らかになった。半日周期の潮位は大潮、中潮、長潮、小潮と大きく変動し、一潮汐でも上げ潮と下げ潮で潮位が異なる。そのため、流出した水が佐鳴湖に戻る場合は、上げ潮と下げ潮の潮位が同じ場合で、小潮など上げ潮が弱い場合は、佐鳴湖には戻らないことが明らかになった。上げ潮による逆流は新川下流域に流れ込む有機物質や栄養塩類を佐鳴湖に運搬し、負荷を与えていることが推測できる。

1はじめに

佐鳴湖は南部の下流集水域からの負荷量が多く、その削減が課題であることは、今では多くの人に理解されているが、これが理解されたのは約10年前からである。新川放水路が開設する以前、行政は上流の河川流域を佐鳴湖の負荷源としてとらえ、新川下流域は負荷源とは捉えていなかった。行政が発行している佐鳴湖流域図にそのことが示されている(図1)。しかし、新川流域の住民は上げ潮による逆流で佐鳴湖から流出した水が戻っていくことを日ごろから見ていた。上げ潮と下げ潮の河川水の動きをブイを追跡調査し、潮汐が水の移動にどのような影響を与えているのか、明らかにすることを目的にした。以下は、新川下流域がまだ佐鳴湖流域に含まれていない時期に行った調査結果である。

2方法

横40cm、縦20cmのトタン板を水の抵抗を受けやすいように十字型に組み、抵抗板とし、凧糸で吊るし発砲スチロールを取り付け「ブイ」を製作した(図2)。ブイの長さは表層と底層用とし、水深により長さを調節できるようにした。ブイを佐鳴湖から流出が始まる時に投入し、ボートで一潮汐追跡し、流速、位置から水の移動を調査した。

調査日 1999年6月12日 大潮 2000年4月29日長潮 2000年8月18日 中潮(旧新川) 2000年11月11日 大潮 (新川放水路)

3結果 図3-1.2にブイの移動、舞阪港の潮位変動、流速を示す。

1999年6月12日 大潮旧新川)

佐鳴湖の出口の佐鳴湖橋から8時57分に流出が始まり、11時52分には志都呂橋、13時34分には九領川合流点付近まで流下し、流出時間は4時間37分だった。潮止まりになり約30分停滞し、14時04分には上げ潮により遡上を始め、18時50分には佐鳴湖に流入し、遡上時間は4時間46分で流出時間とほぼ同じであった。流速は川幅が狭い東神田川合流点から上流(図のst.1~st.2)で0.4~0.5m/sと速く、川幅の広い下流の志都呂橋付近では0.2m/sと遅い。この変化は流出と流入で同じで、同じ流量の河川水が移動していると推測できる。この日の舞阪港の下げ潮から上げ潮への潮位変動は、下げ潮で116cm低下し、上げ潮で117cm上昇し同じであった。新川を遡上する上げ潮も下げ潮と同じ大きさで押し上げると推測でき、佐鳴湖から流出した水は、再び佐鳴湖に流入したと考えられる。

2000年4月29日 長潮(旧新川)

佐鳴湖からの流出開始は6時57分で、志都呂橋には10時33分、九領川合流点付近まで11時57分に達し停滞し、流出時間は5時間だった。停滞時間は20分間で12時17分に遡上を始め、流速は小さく志都呂橋通過は14時04分、掘留川との合流点下流に16時43分に達しブイは停止した。遡上時間は4時間26分で流出時間より約34分短かかった。流速の流出速度は、0.4m/s(図のst.2)であったが、流入速度は(図のst.3志都呂橋付近)は0.1m/sと小さかった。この日の舞阪港の下げ潮は42cm低下し、上げ潮では28cmと小さく、新川を押し上げる上げ潮は弱く、流入速度も小さく、ブイの遡上距離は短

2000年8月18日 中潮(旧新川)

佐鳴湖橋からの流出開始は9時55分で、志都呂橋を12時14分に通過し、九領川合流点で停止することなく流出を続け、16時10分には浜名湖まで流出した。流出時間は6時間10分だった。流出後ブイを回収し、上げ潮での遡上を調査するため九領川との合流点に投入した。17時に流入が始まり、20時38分に佐鳴湖に流入した。この間の遡上時間は3時間38分だった。この日の舞阪港の下げ潮で94cm低下し、上げ潮は92cm上昇し同じであった。そのため1999年6月12日と同様に佐鳴湖に戻ったと考えられる。

2000年11月11大潮(新川放水路)

佐鳴湖から9時15分に流出を開始し、志都呂橋には12時33分、とびうお橋に14時10分に達し流出は止まった。流出時間は4時間55分であった。ブイは10分間停滞し、上げ潮により14時27分に遡上を開始し、19時06分には再び佐鳴湖に達し流入した。上げ潮による遡上時間は4時間39分で、流出時間とほぼ同じであった。この日の舞阪港の下げ潮で76cm低下し、上げ潮は77cm上昇し同じであった。そのため1999年6月12日と同様に佐鳴湖に戻ったと考えられる。

以上のように潮汐により、流出、流入の状況は異なる結果となった。流出したブイが再び佐鳴湖に流入するのは、上げ潮と下げ潮の潮位変動が同じ場合で、この時、上げ潮による作用が佐鳴湖まで及ぶと考えられる。佐鳴湖まで戻らない場合は、上げ潮が下げ潮よりも弱い時であった。

 

2000年8月の一か月間の潮位変動を図4に示す。潮汐の水位の変動幅は、大潮と中潮の時は大きく、小潮と長潮、若潮では小さく、半日周期の潮位変動にも強弱があることがわかる。下げ潮の次の上げ潮が弱い時が佐鳴湖にまで戻らない場合で、これによると、中潮で3回、小潮で5回、長潮で2回、合計10回が佐鳴湖まで戻らない場合となる。1ケ月間の潮汐は合計は60回あり、そのうち10回は佐鳴湖まで戻らなく、50回は上げ潮で佐鳴湖から流出した水は再び佐鳴湖に戻ると推測できる。潮汐により佐鳴湖から流出した水が、上げ潮で再び佐鳴湖に戻ることは住民が観察していたことを裏付ける結果であった。

新川下流域には 東神田川、境川、堀留川、九領川から、田畑の排水、家庭排水、産業排水が、水田、養魚場などの排水が排水路から流入している。新川に流入する有機物質や栄養塩類は、上げ潮により佐鳴湖へ運ばれていると考えられる。

以上のことから新川下流域を佐鳴湖流域に含めることを提案する。

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