長崎大学はエボラ研究所を2020年度に長崎市の住宅街に建設する予定である。危険性の高い病原体を扱う施設は4つのレベルに分類され、エボラウイルスは最も危険度の高いレベル4に位置づけられている。これまで住民は建設に反対し、長い間建設計画は進んでいなかった。しかし、政府が国家プロジェクトの一つとし、国策に位置づけ支援を決定して以来、建設が具体的に進み、17年度予算案に施設の実施設計費などに四億円が計上されている。国内にレベル4の施設は東京都武蔵村山市に一ケ所あるが、ここは感染疑いのある患者の検査だけで病原体の研究はしておらず、将来は別の場所に移すことを約束していた。このころ、長崎大学は長崎市や県と協議を始めたのである。長崎大学は来年度までに建設工事に入る計画であり、住宅街にも関わらず建設をする理由を、予定地は大学病院に隣接し、万が一研究者が誤って自身にウイルスを注射してしまった場合、すぐに搬送し治療でき、エボラの拡散を防ぐことができるから、と説明している。研究者への配慮は必要であるが、住民への不安をどのように解消するのか。住民が納得しないまま国策としての決定事項は進んでいく。

国策となれば地元がいくら反対しても、国の判断の方が地方の判断よりも上という認識が強く進められていく。中央から離れると国民の関心も薄くなり、中央(国民)の意志で見えない所で進められる。沖縄に米軍基地が集中し移転できないのも国策である。東京電力を潰さず救うのも国策である。水俣病を引き起こしたチッソを救ったのも国策であった。国策の下に地元の少数者、被害者が切り捨てられていく。これが現在の多数決の民主主義である。